こうした経緯もあり、SNS上では追浜工場の件や、小泉氏の面会の投稿に、軍用犬計画を絡めて批判する投稿がある。あくまで「民間企業同士の商取引」や「起業家と政治家の意見交換」レベルであったとしても、それらを結びつけようとする動きが出てくるのが世の常だ。
その受け止めには、小泉氏の人物像の変化も重なっていると考える。これまでSNSでは「進次郎構文」をはじめとして、左右双方のイデオロギー支持者からイジられる存在だったが、防衛相就任後には右派から「覚醒したように見える」と言われ、“保守のホープ”として期待する評価が見られるのだ。
折しも、高市早苗首相が率いる現政権は、国力増強を掲げている。大国が、そのパワーを最大限に発揮しようとするなか、世界地図における「日本の立ち位置」をどうするかは、喫緊の課題だ。そんな中で浮上した“戦争のにおい”に、忌避感を示す人が一定数出てくるのは、納得できる部分が多々ある。
モヤモヤの正体は「3つの見えなさ」
今回の反発は「犬がかわいそう」の一言では片づけられない。戦争への忌避、生命操作への嫌悪、政治への不信という別々の感情が、「軍用犬」という一つのニュースに同時に流れ込んだ結果だ。
3つに共通するのは「見えなさ」である。どんな企業なのか。どんな犬が生まれるのか。日本とどうつながっているのか。情報に空白があると、人々はそこを連想で埋めていく。実際、ラッキー氏はウォーハウンドの株式を持っていないとされる。それでも「ラッキー氏→アンドゥリル→追浜工場→小泉氏」という連想の鎖は、そうした細部を飛び越えて広がった。
一方、ウォーハウンド側の説明を見ると、アメリカ軍の作業犬の多くを欧州に頼る現状を問題視し、国内供給の立て直しを掲げている。これは日本で進む「防衛装備の国産化」と同じ、サプライチェーンの論理だ。賛否は別として、こうした「相手の言い分」は日本語ではほとんど流通しない。そのまま印象だけが先に固まっていく。
これは軍用犬に限った話ではない。防衛、AI、遺伝子技術のように“得体のしれなさ”を抱えた分野ほど、「何を、なぜ、どこまでやるのか」を、批判が起こる前に日本語で示しておく必要がある。説明が後手に回れば、空白は必ず誰かの連想で埋められる。楽天の例が示したように、その代償は退店や不買という形で必ず跳ね返ってくる。


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