有料会員登録
ライフ #見た目の科学 人はなぜ“外見”に翻弄されるのか

「運動会ではタトゥーを隠すべき」"おでんツンツン男"の行動に賛否も…《自分の常識》を他人に押し付ける人の盲点

13分で読める
運動会
半袖短パンからタトゥーが見えていたーー子どもの運動会での親のファッションに賛否が(写真:HiroHiro555/PIXTA)
  • 宮本 文幸 「見た目」戦略研究家/桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授
2/8 PAGES
3/8 PAGES

たとえば、バイアス(偏った見方)に関する研究では、多くの人が「自分は平均的な人よりも、偏った判断をしにくい人間」だと評価した。また、自分に都合のよい説明をしている点では同じでも、他人がすれば偏りだと見なし、自分の場合は偏りではないと考えた(※1)。意見が対立する場面では、「自分は客観的で、相手は偏っている」と、お互いが思いやすくなると考えられる。

これを今回の騒動に当てはめてみよう。

「隠すべきだ」と考える人は、自分の感覚を、偏見ではなく常識だと捉えている。そのため、隠さなくてよいと言う人は、常識がわかっていない、偏った人に見えるだろう。

一方、「隠す必要はない」と考える人は、タトゥーを単に身体の一部だと捉えている。そのため、隠せと言う人は、気にしすぎの、偏った見方をする人に見えるだろう。

どちらも「自分はありのままに見ている」と思い、相手を「偏っている」と見る。そうした構図になっている可能性がある。

「日本人として普通の常識」と言うが…

実際、この件を報じたデイリースポーツの記事が転載されたYahoo!ニュースのコメント欄には、28日朝8時の時点で2700件を超えるコメントが寄せられている。

上半身には洋服で隠れる部分にもたっぷりとタトゥーが入っている豊嶋さん。SNSでは上半身裸の写真も多く見られた(画像:豊嶋悠輔氏のインスタグラム @toyoshimayusukeより)

筆者が確認したところ、タトゥーを入れること自体は「個人の自由」と認めたうえで、「隠すべきだ」「配慮が必要だ」と続ける声が目立った。「偏見ではなく配慮の問題だ」という論じ方に近い。また、自分の感覚を「常識」や「多数派」のものとして語る声も目立つ。

《日本人として普通の常識を持てばタトゥーも入れないと思う》

《今の日本ではタトゥーに否定的な人の方が圧倒的に多い、自分も完全に否定派だけど》

4/8 PAGES
5/8 PAGES
6/8 PAGES
7/8 PAGES
8/8 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数