また当主や隠居として、氏政が北条氏を領導した期間は約30年に及びます。父祖の尽力があったとしても、凡庸な指導者ならばそのようなことはできなかったでしょう。
小田原合戦で敗れて滅亡
そうしたことを考えれば『武者物語』や『甲陽軍鑑』などが記す暗愚な氏政像というのは誤りとしなければなりません。
小田原北条氏は豊臣秀吉との「小田原合戦」(天正18年=1590年)に敗れて滅亡してしまいますが、そのことから氏政を暗愚とする説が生まれたのでしょう。
(主要参考文献一覧)
・黒田基樹『北条氏政 乾坤を截破し太虚に帰す』(ミネルヴァ書房、2018年)
・荻原龍夫校注『北条史料集』(人物往来社、1966年)


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