さまざまな職場で女性が結婚や出産後も仕事を続けられるような制度を設けているが、会社側が配慮のつもりで出した異動や役割変更が必ずしも本人の希望とは限らない。意志に沿わない処遇が重なる中で、自分の道を切り開いた理系女性のキャリアとは。AERA 2026年10月26日号より。
前例のない時代に、自分らしいキャリアをどうつくったのか
育児や介護との両立を理由に、本人の希望を十分に聞かないまま仕事や役割を変えることにも、女性は疑問を抱く。会社側は配慮のつもりでも、望む仕事に挑戦する機会を奪うことになりかねない。
「配慮」が、かえって本人の選択肢を狭めることもある。
女性が責任ある仕事を任されること自体が珍しかった時代から、道を切り開いてきた人もいる。第一製薬に入社し、女性初の営業部門管理職となった奥村滋子さん(63)だ。現在は医療系広告会社メディカルクオールの代表を務める。
大学の薬学部には女性が多かったが、入社すると職場は男性ばかりだった。
品質管理部を経て、大阪支店の学術課に配属された。医薬情報担当者(MR)の支援や医師向け資料の作成、講演会の企画などを担当したが、社外から薬の問い合わせ電話を受けると、「男に代われ」と言われることも多々あった。


