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「慶應医は居心地良かった」それでも"東大理3"へ 週3部活&月1ディズニーの仮面浪人中に"模試全国1位"の異常な生活

13分で読める
山下裕佳さん
慶應医学部での新生活を満喫していた彼女が、再び東大理3を目指した理由とは?(写真:筆者撮影)
  • 西岡 壱誠 一般財団法人ドラゴン桜財団代表理事・ドラゴン桜2編集担当
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――受験勉強一色になったのでしょうか?

いえ、受験勉強一辺倒だったわけではありません。生物学オリンピックや情報オリンピックの問題を解いて適度に息抜きをしたり、科学の甲子園に福岡県代表で出たりもしました。秋からは友達に誘われて合唱部にも参加しています。受験勉強に飽きてきていた頃だったので、週3回の練習が小さな楽しみでした。

――高3の1年間はどう過ごしましたか?

高3に上がる春休みあたりからは、文化祭準備に打ち込みました。講演部門の部門長だったので、とても忙しかったです。4月末の文化祭を終えてからは、5〜7月にひたすら問題集を解きました。

夏休みは化学グランプリと生物学オリンピックに参加して、本選出場の切符を勝ち取りました。「数理の翼」という、大学の数学や物理などの研究者が自身の研究内容を手加減なしに話すイベントにも参加して、非常に刺激を受けましたね。

秋は模試の過去問を解きつつ、防衛医科大学校を受験しました。そのとき化学で1問だけわからない問題があって、「まだ知識の抜けがある」と感じ、知識補強も含めながら演習を続けました。

――そして迎えた現役時の二次試験。何があったのでしょうか?

生物が新傾向になっていて、明らかに生物選択者をふるいにかけてきているような問題だったんです。それまでの模試がほぼずっとA判定だったのもあって、想定外の生物難化にパニックになり、さらにその動揺を英語まで引きずってしまいました。

当時の自分は、負け慣れていなかった。自分の思い通りにいかないときに踏ん張る力がなかったのだと、今振り返ると感じます。不合格に落ち込みながらも、結果を受け入れて慶應医学部に進学しました。

卓球部に月1ディズニー、それでも冠模試で全国1位

――仮面浪人中は、どんな生活を送っていましたか?

慶應医学部の卓球部に入って、家庭教師のアルバイトも始めました。6月頃までは理3に落ちたことを引きずって落ち込んでいたのですが、慶應での生活が想像以上に楽しくて、少しずつ元気を取り戻していきました。

部活は週3回、3時間ずつ。21時過ぎに帰宅してから、大学の勉強と受験勉強を関連づけながら並行して進めました。土曜は暇だったので勉強に充てていましたが、日曜は友達と遊んでいました。

慶應義塾大学医学部に通いながら仮面浪人をし、1浪で東京大学理科3類に合格した山下裕佳さん(写真:筆者撮影)

――それなのに、夏の冠模試で全国1位を取ったそうですね。

そうなんです。こんなに遊んでいて1位なら大丈夫だろう。そう思って、それからは月1回ディズニーに行ったり、夏休みに運転免許を取ったり、勉強以外のことにかなり時間を割きました。東京ドームシティやよみうりランド、藤子・F・不二雄ミュージアムなど、いろいろな施設を訪れて遊びまくっていましたね。

秋は、駿台の東大実戦模試のときにインフルエンザを発症してしまったんです。それでも返ってきた結果はB判定。河合の秋模試も全国10位くらいだったので、夏よりは下がっているけれど、これだけ遊んでこの順位ならさすがに受かるだろうと確信しました。

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