中山台で育った世代が、進学や就職、結婚を機に地域を離れ、その後も戻らなかった背景には、坂道の多い地形や交通アクセス、買い物などの生活利便性が、現在の若い世代の暮らし方に十分対応できていないこともあるという。
しかし、中山台が住民活動の衰えた街というわけでもない。
地域では長年、住民主体の活動が続いてきた。2004年11月には中山台コミュニティのまちづくり計画が策定され、その後、図書館分室の窓口業務や生活支援など、さまざまな地域活動が積み重ねられてきた。
またパナソニック ホームズも、地域のコミュニティ会議に参加するなかで、自治活動が活発で、街への誇りを持ち、さらに良くしたいと考える住民が多いと感じたという。
ただ、住民主体の活動が続いていても、住宅の世代交代や交通、買い物環境といった課題まで、地域だけで解決するのは難しい。中山台では、個別の取り組みを超えて、街全体をどう次の世代につないでいくかが課題となっていた。
「開発者責任」で探した、街の次の担い手
では、なぜパナソニック ホームズが中山台の再生を担うことになったのか。
きっかけは2023年。クラレは街を開発した企業としての「開発者責任」から、土地や施設を売却するだけでなく、中山台を引き継ぎ、活性化してくれる事業者を探していたという。
そこで仲介業者が声をかけたのが、福島県伊達市で地方創生事業「Up DATE Cityふくしま」を手がけていたパナソニック ホームズだった。
こうして2025年6月の資産譲渡に至り、同社は8月から中山台の再生事業を始動。10月には宝塚市と包括連携協定を締結した。
高度経済成長期にニュータウンを「つくった」企業から、人口減少時代に街を「再生する」企業へ。半世紀を経て、中山台は新たな担い手へ引き継がれたのだ。
では、人口が減り、高齢化も進むニュータウンを、なぜ住宅会社が自ら土地や施設を取得してまで再生しようとするのか。
後編では、パナソニック ホームズが人口減少時代のニュータウンとどう向き合い、事業として成立させようとしているのかを見ていく。


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