スキマ時間というと、10分、15分程度をイメージするかもしれませんが、私は極論をいえば、1分でもかまわないと思っています。
「1分しかないから、本を読んでも意味がない」と考えるのではなく、「1分あるから、とりあえず本を開いてみよう」と考えるのです。
もちろん、1分で何十ページも読めるわけではありませんが、大切なのは、「読む量」ではなく、「本を開く」という行動そのものです。
「1分読書」は、たくさん読むためではない
私の教え子だった東大合格生たちを見ていて印象的だったのは、本を読むことを大げさに考えていなかったことです。
「さあ、これから読書をするぞ」と気合を入れるのではなく、少し時間が空けば自然に本を開く。
実際、授業中の課題が早く終わると、残った5分ほどの時間でも、真っ先に読みかけの本を広げる生徒がいました。
放課後、部活動の支度を始めるまでのわずかな時間に、集中して本を読む生徒もいました。なかには、合唱コンクールの練習の合間に、さっと本を取り出して読む生徒までいました。
また、「通学電車に乗っている15分間を読書タイムにしていました」と話してくれた生徒も何人かいます。
彼ら彼女らにとって読書は、「30分空いたら始めるもの」ではなく、5分でも15分でも、読める時間があれば自然に本を開くものになっていたのです。
だから「1分読書」の目的は、「物理的に1分間で何ページ読み進めるか」ということ以上に、「本を読むには、まとまった時間と覚悟が必要だ」という感覚を薄め、読書を始めるまでのハードルをできるだけ低くすることにあります。
1分だけ読んで閉じてもいいし、そのまま続きが気になって、5分、10分と読み進めてもいい。
まず本を開く。その行動が日常になれば、読書は「時間をつくらないとできないもの」から、少しずつ「いつでも始められるもの」へ変わっていきます。
では、10分、15分という時間がとれたときには、その短い時間をどう「読書」に使えばいいのでしょうか?


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