テレビの画面は、まさに観察者の視点そのものである。映像には、板野さんの姿と食卓の肉パックが映る。だが、その日の段取りも、洗い物の山も映らない。状況が切り取られたフレームの中で、見る側の脳は空いたすき間を「人柄」で埋める。「育ち」という言葉は、そこから生まれたのではないか。
パックのままでいいが、「映らないもの」を想像したい
家庭で洗い物を減らす工夫は、否定されるものではない。パックのまま食卓に出すのは、多くの家庭が日常的にしていることだ。前出の記事によれば、今回もそう答える声が多数派だった。
違和感の発端は、売り場の顔が食卓という別の舞台に現れた「見た目の文脈のズレ」だった。それを「育ち」という言葉に変えたのは、状況を映さない画面という窓だった。問われたのは、板野さんの育ちでも、肉パックの是非でもない。だとすれば、見る側にできることがある。
誰かの映像に違和感を覚えたとき、「この画面に映っていないものは何か」を一度想像してみることだ。自分の台所に立ったときと同じ視点に戻るだけで、「育ち」という言葉はかなり使いにくくなるはずだ。
そして見られる側にとっては、見た目を食卓の顔に整えるか、状況を見える形にするかが、身を守る一手になる。前者なら、皿に移せばいい。後者なら、「洗い物を減らしたいので、うちはパックのまま」とひと言添えるだけでも、視聴者の視点は当事者へと少し近づく。見た目の印象は、見せ方しだいで変えられるのだ。
【参考文献】
※1:Reyes, T. M., H. R. Smith, M. P. Wagoner, B. S. Wilborn, T. Bonner, T. D. Brandebourg, S. P. Rodning & J. T. Sawyer (2022) Surface color variations of ground beef packaged using enhanced, recycle ready, or standard barrier vacuum films, Foods, 11(2), 162.
※2:Aggarwal, P. & A. L. McGill (2007) Is that car smiling at me? Schema congruity as a basis for evaluating anthropomorphized products, Journal of Consumer Research, 34(4), 468-479.
※3:Zellner, D. A., E. Siemers, V. Teran, R. Conroy, M. Lankford, A. Agrafiotis, L. Ambrose & P. Locher (2011) Neatness counts. How plating affects liking for the taste of food, Appetite, 57(3), 642-648.
※4:Burgoon, J. K. & J. B. Walther (1990) Nonverbal expectancies and the evaluative consequences of violations, Human Communication Research, 17(2), 232-265.
※5:Jones, E. E. & R. E. Nisbett (1971) The actor and the observer: Divergent perceptions of the causes of behavior, General Learning Press.
※6:Storms, M. D. (1973) Videotape and the attribution process: Reversing actors’ and observers’ points of view, Journal of Personality and Social Psychology, 27(2), 165-175.


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