夢から覚めた天皇が「これはいかなる神の心なのだろうか」と占ったところ、祟り(ホムチワケがものを言えないこと)は、出雲大神(オオクニヌシ)の心であるとわかった。そこで天皇はホムチワケに出雲大神の宮を参拝させることとし、アケタツ(曙立王)とウナカミ(菟上王)を伴わせて皇子を出雲に送った。
ホムチワケ一行は出雲に着いて出雲大神を拝み終えると、帰路についた。その途次、肥の河(島根県東部を流れる斐伊川)の中州に設けた仮宮に泊まったが、このとき、出雲の豪族キヒサツミ(岐比佐都美)が青葉を山のように飾って河下に立て、食事を献じると、ホムチワケが突然しゃべりはじめた。
「河下の青葉のようなものは山に見えるが、山ではない。もしや、出雲の石●(※石へんに向)曽宮(いわくまのそのみや)に坐ます葦原色許男大神(あしはらしこおのおおかみ/オオクニヌシの異名)を奉斎する祝(はふり/神職)の祭場ではないのか」
これを聞いたお供のアケタツとウナカミは皇子がものを言えるようになったと喜び、大和に帰ると天皇にこう復命した。
「出雲大神を拝まれると皇子が口をきかれましたので、帰ってまいりました」
天皇はこれを喜び、ただちにウナカミを出雲に送り返し、出雲大神の宮をつくらせた〉
垂仁天皇に「出雲大社の修繕」を願ったオオクニヌシ
オオクニヌシの祟りによってものが言えなくなってしまった皇子ホムチワケが、大和から出雲まで出向いてオオクニヌシを拝んだところ、ようやく祟りがとけ、ものが言えるようになった――というエピソードである。
ここで注記しておくと、今記した箇所の『古事記』原文には「大国主神」「出雲大社」という言葉は出てこない。オオクニヌシは「出雲大神」「葦原色許男大神」あるいはたんに「大神」と呼ばれており、出雲大社にあたるとみられる神社は「大神の宮」「神の宮」と呼ばれている。
この話のなかでまず目を引くのは、垂仁天皇に「私の宮を天皇の宮殿とならぶように修理してくれるならば、皇子は必ずものを言うだろう」という夢告があり(原文の訓読では「我が宮を、天皇の御舎の如く修理(をさ)めたまはば、御子かならず真事(まこと)とはむ」)、その夢告の主がオオクニヌシ(出雲大神)であったことが占いによって判明するというくだりだ。


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