つまり、「私の宮(我が宮)」とはオオクニヌシの宮殿のことになるのだから、これが出雲大社(もしくは出雲大社の前身)を示唆していることは明白である。
要するにこの箇所は、垂仁朝の時点ですでに出雲大社(またはその前身)は存在していたが、それが荒廃していたのでオオクニヌシが皇子に祟りをなし、大社の修繕を天皇に訴えかけてきた、という展開になっているのだ。
「プレ出雲大社」を修繕して「出雲大社」へ
いつのまにやら、出雲大社は出雲の地に出現していたことになるわけだ。この修繕前の出雲大社を、ここでは便宜的に「プレ出雲大社」と呼んでおくことにしたい。
そして、プレ出雲大社への参拝をへてホムチワケがものを言えるようになったことを知った垂仁天皇は、ホムチワケに付き添っていたウナカミを再び出雲に送り込み、「出雲大神の宮をつくらせた」(原文は「神の宮を造らしめたまふ」)という。
オオクニヌシの夢告は「私の宮を天皇の宮殿とならぶように修理してくれるならば、皇子は必ずものを言うだろう」というものだったが、はからずも後半部分の「皇子がものを言う」が実現したので、前半部分も現実のものとしなければ再び祟りに見舞われる、と天皇は考えたのだろう。
ここで「出雲大神の宮をつくらせた」という行為の真意を探ると、すでにプレ出雲大社は存在していたわけだから、このくだりは、「プレ出雲大社」を修繕して「出雲大社」としたことをさしていると考えるべきだろう。
ここは想像になるが、プレ出雲大社は本格的な社殿などがないごく素朴な社だったのだろう。あるいは、最初期の大神神社のように、磐座(いわくら)があるだけだったのかもしれない。
ところがそこへ、垂仁天皇の命のもと、天皇の宮殿(御舎)の如き壮麗な神殿がもうけられ、これによって本格的な社殿をもつ「出雲大社」が誕生したのではないか――。



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