同様に、ナイツの師匠としても知られる漫才師の内海桂子は、相方の内海好江が1997年に亡くなった後も引退することなく、1人で三味線を弾き、自作の都々逸を披露するなどして舞台に立ち続けた。90歳を超えてからも浅草東洋館などに出演し、96歳だった2019年にも現役の芸人として舞台に上がっていた。
晩年の内海は決して体調が万全だったわけではない。乳がんや骨折、肺炎などを経験しながらも「100歳で現役」を目標に掲げ、97歳になった2020年1月まで漫才協会の公演に出演していた。その後、体調を崩して入院し、同年8月に亡くなった。彼女も最後まで芸人の道を貫いていた。
衰えながらも人前に立ち続ける
ここには、かつての芸人にとって「引退」が必ずしも必要ではなかった理由が表れている。年齢を重ね、若い頃のような勢いや運動量が失われても、その老い自体が芸人としての味や存在感に変わっていく。実際、内海は90歳を超えてからも、舞台に姿を見せるだけで客席が沸いたという。芸人にとっては、衰えた姿を見せないために辞めるのではなく、衰えながらも人前に立ち続けること自体が芸になる場合がある。桂歌丸と同様、内海桂子も「引退するのではなく、立てなくなるまで舞台に立つ」という昔ながらの芸人像を体現する存在だった。
芸人の引退には「そもそも何から引退するのか」という問題がある。テレビのレギュラーを辞めても芸人ではいられるし、大きな劇場に立つのをやめても、小さな舞台やラジオには出られる。俳優なら長時間の撮影が難しくなってもナレーションはできる。芸人という仕事にはさまざまな形があるため、身体能力が落ちたら仕事の規模や種類を変えていけばいいのであり、完全に辞める必然性が生じにくい。


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