1週目(月〜金)の5話を振り返ってみると、なかなかトリッキーな構成だった。
子ども時代から幕を開けるのが朝ドラの王道だが、本作は85歳の主人公が登場する1982年(昭和57年)からスタートした。そして、主題歌を挟んで、小学校に通う1908年(明治41年)の子ども時代の物語に移った。
そのパターンが3話まで続き、晩年の大成した主人公の姿と、そこにつながる子どもの頃のエピソードがカットバックして映し出されることで、その人となりがすんなりと入ってきた。放送開始とともに視聴者を物語の世界に没入させる巧妙な仕掛けになっていた。
強烈なインパクトを残した父・清治
加えて、その子ども時代のストーリーに強烈なインパクトがあった。それが前述の珠の父・清治だ。
珠を含めて4人の子を持つ父親であるにもかかわらず、仕事をせずフラフラして過ごし、近所の住民からはクズ呼ばわりされる一方、家庭内では妻も子どもにも厳格なルールで縛り付け、気分次第でつらくあたる。
たとえば、家でも外でも遊んだりはしゃいだりしてはいけないという家の決まりがあり、子どもたちは学校帰りに友達と遊べず、まっすぐ家に帰って用事をこなさないといけない。父親が外出から帰宅するときは玄関で出迎えないといけない。
ある日、清治の愛鳥のカナリアの餌を買い忘れた珠は、雨が降る夜遅くに、草履が濡れてダメになるからと裸足で買い物に行かされる。別の日には、洗濯した父の羽織がよれていたことで、お仕置きとして翌朝まで蔵に閉じ込められる。カナリアを逃がしてしまった妻は家から追い出される。
現代であれば間違いなくモラハラで通報される男だろう。暴力シーンこそなかったが、子どもへの虐待にあたるような行為にSNSは紛糾していた。
しかし、そんな父親を単なる粗暴な悪人には描いていない。当時の家父長制の社会において、長男ながら家督を弟に譲った彼が人知れず抱える孤独や悲しみをにじませ、心の闇とともに深みと影のある人物として映す。


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