一喜一憂が激しい日々を送りながら、2クール目終了時にはhCGの陰性化が認められた。その後は第2ステップの地固め療法として、2クールの抗がん剤治療を実施。全4クールを終え、ついにNさんの抗がん剤治療が終わった。
35歳のとき、医師から妊娠禁止の宣告
治療を終えたNさんを待っていたのは、さらなる制限だった。
「しばらくは経過観察が必要なため、妊娠は原則1年後まで待ってください」
この時Nさんの年齢は35歳。世間的には高齢出産と呼ばれる年代に差し掛かっていた。
「異常妊娠を経験しても、私の中で『もう子どもはいらない』という選択肢は生まれなくて。やっぱり、どうしてもまたチャレンジしたかった。そんな思いを抱いている中、30代後半での1年という妊娠禁止期間は、決して短くはなかったです」
その日、Nさんは順調な治療の終わりを素直に喜ぶことができなかった。Nさんの夫もまた、複雑な思いを抱えていたという。
「妻が胞状奇胎になった原因は分からず、誰が悪いわけでもないことは分かっています。でも、自分も一因になっていることで、最終的に妻ががんのような状態になってしまって……罪悪感に近いような感情をどこかで抱えていました。
抗がん剤治療が終わったことは夫婦にとって喜ぶべきことでしたが、妻の治療のゴールは『hCGを陰性化させること』ではなく、『子どもを持つこと』だということがひしひしと伝わってきて。
だから、心境的にはまだゴールを迎えられていない。もちろん自分も、妻の願いを叶えてあげたい。でも、また妻が同じ道をたどってしまったらどうしようという不安もありました」
子どもが欲しくて始まったはずの出来事が、気づけば「妊娠してはいけない」という状況を生み出していた。Nさん夫婦はその皮肉さを、すぐには受け止められなかった。


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