つまり、教科書に同じような調子で並んでいるアテネとスパルタでさえ、実は史料の量も、情報の確かさも同じではないのです。
教科書は、その違いをあまり表に出しません。けれども、その整った文章の背後には、「ここまではかなり確かだ」「ここから先は後世の理想化かもしれない」という濃淡があります。
この史料の偏りを象徴するのが、アリストテレスとその学派が編纂したとされる「国制」のコレクションです。
アリストテレスが集めた「158の国制」
アリストテレスといえば、プラトンの弟子であり、アレクサンドロス大王の教育にも関わった古代ギリシア屈指の哲学者です。
彼とその学派は、さまざまな国家の歴史や政治制度を調査し、158もの「国制」をまとめたと伝えられています。
いわば、古代世界の政治制度を比較するための巨大なデータベースです。
もし、そのすべてが現在まで残っていたらどうでしょう。
僕たちはアテネやスパルタだけでなく、コリントやテーベ、アルゴス、クレタ島の諸都市などについても、その政治制度がどう生まれ、誰が政治に参加し、人々がどのように暮らしていたのかを、はるかに詳しく知ることができたはずです。
ところが、158編のうち、ほぼ完全な形で残ったのは『アテナイ人の国制』だけでした。ほかの国制は、後世の著作に引用された断片などから、その一部がわかるにすぎません。
これは、アテネの記録だけが大切に扱われたからとは限りません。
何が後世まで残るかは、保存された場所や気候、写本をつくった人の関心、そして偶然に大きく左右されます。
歴史上、本が残るか消えるかは、驚くほど偶然なのです。


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