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授業で習っている歴史は「報告書」? 「アテネ」と「スパルタ」ばかり扱う歴史の裏に隠された"教科書のリアル"

11分で読める
教科書を読む学生
教科書で学んでいる「歴史」とは、いったい何なのか(写真:buritora/PIXTA)
  • 西岡 壱誠 一般財団法人ドラゴン桜財団代表理事・ドラゴン桜2編集担当
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そして3つ目が、今回もっとも注目したい理由です。

それは、残っている史料に大きな偏りがあることです。

歴史というと、「昔起きた出来事を順番に並べたもの」のように感じます。

しかし、歴史家が直接、過去を見ることはできません。

見ることができるのは、過去の人々が残した文書や碑文、遺跡、貨幣、土器などの「痕跡」だけです。しかも、それらが公平に残るわけではありません。

燃えたものもあれば、腐ったものもある。戦争で破壊されたものもあれば、誰にも読まれなくなって捨てられたものもあります。

過去は、すべて同じ濃さでは見えない

古代ギリシア史は、最初から大きなハンディキャップを抱えています。

紀元前12世紀ごろにミケーネ文明が崩壊すると、それまで使われていた線文字Bも姿を消しました。その後、紀元前8世紀ごろにギリシア文字が普及するまで、同時代の文字史料がきわめて乏しい時期が続きます。

文字が再び使われるようになったあとも、史料の残り方は均等ではありません。

とりわけアテネには、歴史書、演説、哲学書、演劇、政治文書、碑文など、膨大な史料が残りました。

古代ギリシア史の研究が「アテネ中心」になりやすいのは、アテネが重要だったからだけでなく、アテネについて語る材料が圧倒的に多いからでもあります。

一方、スパルタについては少し事情が違います。

スパルタ自身が残した史料は比較的少なく、現在の僕たちが知っているスパルタ像の多くは、ヘロドトスやトゥキュディデス、クセノフォン、プルタルコスといった、主にスパルタの外側にいた人々の記述に依存しています。

しかも彼らは、スパルタを恐ろしい敵として描いたり、理想的な国家として称賛したりしました。そのため、後世につくられたスパルタ像と実態を区別するのが難しい。この問題は「スパルタの幻影」と呼ばれるほどです。

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