理由は、大きく3つあります。
1つ目は、単純にこの2つが、古代ギリシア世界を動かした強国だったからです。
ペルシア戦争では、ともにギリシア側の中心的な役割を果たしました。その後、アテネを中心とするデロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネソス同盟が対立し、古代ギリシア最大級の内戦であるペロポネソス戦争へと発展します。
古典期ギリシアの政治史を説明しようとすれば、この2つを外すことはできません。
シンプルでわかりやすいから選ばれる
2つ目は、比較すると非常にわかりやすいからです。
アテネは民主政と海軍力、商業、文化のポリス。スパルタは少数者による支配と陸軍力、規律を重視したポリス。
もちろん、これはかなり単純化された図式です。アテネの民主政に参加できたのは成人男性市民に限られ、女性や奴隷、在留外国人は政治から排除されていました。
一方、スパルタの政治も単純な「軍事独裁」ではなく、2人の王、長老会、監督官、民会が併存する複雑な仕組みを持っていました。
それでも、この2つを並べれば、同じ「ポリス」でありながら、まったく異なる社会が成立し得たことを説明できます。教科書にとって、これほど比較しやすい組み合わせはないのです。


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