かつて、マッチの需要減を見越して紙事業やテニススクールへ多角化したときと違い、今回は「既存の資産と技術を生かす」多角化である。祖業のマッチを核に据えつつ、時代に合わせて柔軟に事業を組み替える姿勢は、変わっていない。
残り2社は「競合」から「仲間」へ
日東社の改革は、社内だけにとどまらない。原材料から一貫してマッチを製造できる国内メーカーは、日東社と、岡山県にある中外燐寸社のわずか2社のみとなった。
かつてライバル同士だった関係性も、今では大きく変わっている。
「もう2社しかありませんから、競合ではなく『マッチという文化を守るための仲間』という認識です。最近では、うちの社員が中外燐寸社さんの工場見学に行き、機械のメンテナンス方法について情報交換を行っています。昔では考えられなかったことですが、互いに助け合う意識が芽生えています」(大西さん)
今後、日東社はマッチ事業をどのように展開していくのだろうか。
海外市場を見ると、既存の通常マッチの売り上げの約1割は、すでにアメリカへ輸出している。新商品のブルーラベルマッチも海外市場からの注目度は高く、アメリカ・ニューヨークのセレクトショップでの展開がスタート。さらには、フランスやシンガポールからの問い合わせも舞い込んでいるという。
しかし大西さんは、単に売り上げを伸ばすためだけの海外展開を急ぐつもりはない。今後の展望を尋ねると、迷うことなくこう返ってきた。
「まずは日本です。国内にもっとマッチ文化を広めたい。そのためにインテリアショップや雑貨店など、最低100社との常設取引実績を作るのが目標です。異業種との技術コラボレーションや新商品の開発にもどんどん挑戦し、地場産業としてのマッチの火を絶やさず、灯し続けていきたいですね」
不安がないわけではない。現在、工場で稼働するマッチ製造機は使用開始から50年以上が経過しており、いつ故障してもおかしくない綱渡りの状態が続く。しかし、大西さんの表情に悲観の色はない。
かつて日常に当たり前にあった消耗品としてのマッチは、大西さんと社員たちの挑戦によって、暮らしを豊かに彩る嗜好品へと生まれ変わった。ブルーラベルマッチの開発と組織改革の試みは、従業員の心に火を灯し、次の100年に向けた新しい風土をつくり始めている。


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