そして海底は数千年にわたって有機炭素を封じ込めている地球最大規模の炭素の宝庫でもある。二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を「実質ゼロ」にする「脱炭素化」の取り組みに世界中が取り組んでいる最中、深海採掘によってその炭素が放出されてしまう可能性も懸念されている。
1000年単位で時間が流れる深海の世界、「回復は不可能?」
深海底は、一度乱されると容易には回復しない。地上とはまったく異なる時間軸で動いているからだ。生命はきわめてゆっくりと育まれ、時に数千年の時間軸で生きる。日本の森林が伐採後におよそ30年で再生するとされるのと比べれば、深海の時間がいかに人間の尺度を超えているかがわかる。海底採掘の生態系への影響に関して25年11月「ネイチャー・コミュニケーションズ」紙に共同論文を発表したハワイ大学海洋学博士のジェフリー・ドレーゼン教授は、取材に対してこう語った。
「工場が建ち、煙突が煙を出し始めても、最初の数年は周囲の森に異変は見られません。10年後、木が枯れ始めて初めて、被害の深刻さに気づくのです」
深海採掘の排水も、同じ構造だと博士は言う。
「深海の自然環境の回復は遅く、場合によっては、回復は不可能かもしれません」(ドレーゼン博士)
ハワイ南部から広がる太平洋の深海底、クラリオン・クリッパートン海域(CCZ)で1970年代に行われた試験採掘では海底からノジュールが取り除かれ、8m間隔の溝が残された。2023年の再調査では、海底にはその跡がはっきりと残っていることが確認された。25年3月に発表された論文は、激減した生物の回復の兆しが見られたという研究結果を示しつつ、生物の完全な復活は「不可能かもしれない」と結論づけている。
「(海底採掘は)未だわからないことだらけだ。私たちは放射性同位体と重金属への複合的な影響を理解しないまま、証明されていない産業に飛び込もうとしているような状況である」(ドレーゼン博士)
博士らが調査してきたCCZの試験跡地は、マンガンノジュールの採掘現場だ。半世紀にわたる研究の蓄積があってなお、回復の見通しはこれほど暗い。
「世界初」だからこそ、影響の「わからなさ」も異次元
そもそも日本が挑もうとするレアアース泥の採掘は、これまで「深海採掘」として語られてきたものとは、かなり性質が異なる。
これまで世界で研究や議論の中心になってきたのは、マンガンノジュール(多金属団塊)の採掘だ。海底の表面に転がる、じゃがいものような鉱物の塊を拾い集めるもので、1970年代から半世紀にわたって研究が重ねられ、長期データも蓄積されてきた。それでもなお環境への影響は「わからないことが多い」として、各国は慎重な姿勢をとる。
一方、日本の南鳥島で狙うレアアース泥の採掘は石を拾うのではなく、泥を吸い上げる形になる。分布する水深域も、マンガンノジュールが分布する場所よりもさらに深い、約6000m。前例がないということは、環境への影響を予測するための研究も、ほとんど存在しないことを意味する。
南鳥島のレアアース泥採掘プロジェクトを主導する内閣府SIPやJAMSTECはこうした環境的懸念に対し、採掘と並行して環境モニタリング試験を行ってきた。26年2月の試験でも、独自の「閉鎖型循環方式」採鉱システムを用いて、プルーム拡散による海洋環境への負荷を小さくすることを狙った技術によりレアアース泥を回収した。
同時に試験では、魚や底生生物の様子を観測するために海底には無人探査機「江戸っ子1号(COEDO)」や環境DNA自動採取装置、ハイドロフォン(水中マイク)を設置。船上のラボでは、海水や引き揚げたスラリーを調べて生物群集の変化を追った。SIPを通じて開発されたこうした手法の多くはISOの国際標準となっており、採鉱中の環境変化をとらえたり、採鉱前の海底の状態を記録したりするのに役立つ。


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