MRIでは、強い磁場によって体内の水素原子核の向きに偏りをつくり、そこへ電波を加えて共鳴を起こします。その後に電波を止め、原子核集団が元の状態へ戻る過程で生じる信号をコイルで受信します。
このとき、原子核が元の状態へ戻るまでの速さ(緩和時間)は、周囲の分子環境によって変化します。同じ水素原子核でも、脂肪、筋肉、腫瘍、炎症、血流などでは戻り方に違いが出るため、この差を濃淡として描き分けることで、単なる水素原子の分布図ではなく、組織の性質の違いを調べることができるのです。
2018年のノーベル物理学賞
直近でも面白い受賞はあります。2018年のノーベル物理学賞は、細胞や分子を「光でつかむ」「光で施術する」ことを可能にした功績で、アーサー・アシュキン、ジェラール・ムル、ドナ・ストリックランドに贈られました。
アシュキンが開発した光ピンセットは、レーザー光を強く集光したときに生じる力を利用して、微小な物体をつかむ技術です。光にはエネルギーだけでなく運動量があり、物体に当たるとごく小さな力を及ぼします。その力は日常的な大きさの物体にはほとんど影響しませんが、細胞、細菌、DNA、タンパク質のような微小な対象を動かすには十分です。
光ピンセットを用いれば、生きた細胞を直接触らずに捕捉し、移動させ、力への応答を調べることができます。生命科学では、分子モーターがどの程度の力を発生させるか、DNAがどのようにほどけるか、細胞膜がどの程度変形するかといった問題を、1個の細胞や1本の分子に近いスケールで研究できるようになりました。
ムルとストリックランドが開発したチャープパルス増幅法は、極めて短い時間に強いレーザー光を作る技術です。強いレーザーをそのまま増幅すると装置が壊れてしまうため、まずパルスを時間的に引き延ばし、増幅してから再び圧縮する。この工夫によって、非常に高いピーク出力の超短パルスレーザーが実用化されました。
レーザーは、眼科の屈折矯正手術(レーシック手術)や、網膜疾患の治療、皮膚科処置、外科的切開・凝固などに広く応用されています。
『2018 年ノーベル物理学賞の受賞対象となった
Chirped Pulse Amplification(チャープパルス増幅法)とは』をもとに作成)
日常から遠く見えるノーベル物理学賞という言葉ですが、それらは今日では、レントゲン写真、PET、MRI、レーザー治療や生命科学研究という形で、私たちの体や暮らしのすぐ近くにあります。一見すると何に役立つか想像もできない発見・技術ですが、数十年の時を経てみれば、結果的に私たちの生活を支えている、なんてことも多いのが物理学の面白いところ。
現代の基礎研究でさえも、まだ見ぬ未来を形作る「礎」なのです。



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