「最初で最後の旅になるかもしれない。それなら、この方にとって最高の旅にして差しあげたいと思ったんです。特別なものをご用意したわけではありませんが、お一人で寂しい思いをされないよう、気が合いそうな方をご紹介したり、私自身も一緒に街を歩きながらお話ししたり、少しでも温かな思い出として残るよう、そっとお手伝いしました。この経験が私の原点であり、お客様がどなたであっても、その方にとってかけがえのない旅になるよう、寄り添うことを大切にしています」
3.11、フランスのVIP30人をどう帰すか。語学力より問われたもの
有事の行動力にも、プロ意識がにじむ。2011年3月11日、増田さんはフランスの有名ブランド企業の経営層やアートコレクターら約30人を案内し、アートの島で有名な香川県・直島にいた。
岡山に戻る船の上で、東日本大震災を知る。岡山駅に着くも新幹線は麻痺。即座に全員を大阪へ移動させ、京都にいた待機バスを大阪へ呼び寄せた。大阪駅のスクリーンに津波の映像が流れるなか、頭にあったのは「一刻も早く安全な移動手段を確保すること」だけだった。
「やっぱり危機管理がすごく大切なんです。有事の現場では誰も助けてくれません。危機管理も含めて全部自分でやり切る覚悟が必要です」
翌日の行き先は金沢だったが、30名を超える一行が移動した先で再び大きな揺れに見舞われれば、戻れなくなるおそれがある。そこで、予定を守ることよりも一行の安全を優先し、増田さんから行き先の変更を提案した。
「金沢は取りやめて、奈良はいかがでしょうか、とご提案しました。バスで往復できますし、皆さまがまだ訪れていない場所でもある。安全面と旅の楽しさ、その両方を考えての提案でした」
最終的に先方企業の代表者が奈良行きを決定。ただし、行き先が決まれば、今度は三十数名分の翌日の昼食を確保しなければならない。当時、東京のオフィスは地震の影響で機能が止まり、電話もつながらない状態だった。


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