04年の『PRIDE』(フジテレビ系)でアイスホッケーの指導を行った信田憲司(パラアイスホッケー日本代表監督)が、同作のおかげで、アイスホッケーに興味を持ってくれる子どもたちが増えていると木村に伝えたところ、彼はこう呟いたという。
「ここだけの話、視聴率とかよりもそういう話のほうがうれしいんだよなぁ」
キムタクは「平成」を抱いたのか?
当然ながら反動も大きい。その圧倒的な「かっこよさ」や存在感ゆえ、「キムタクは何をやってもキムタク」という批判がついて回った。
96年頃には「キムタク」という略称がすっかり世の中に浸透していたが、彼は「20代の頃は、すごくイヤだったんですよ。『キムタク』って呼ばれるのが。人なのに商品っぽいっていうか。その呼び名でパッケージされて、店頭に並ぶ商品と同じ存在になった気がして」(『MORE』2022年5月号)と語っている。
思えば、平成という時代は、キムタクだけでなく、ヒロスエ、アムロ、あゆ――。単なるニックネームではなく、制御できない大きな力を生み出す、暗号のように使われていた気がする。
それに抗うように、キムタクは尖りまくっていた。彼はよく「平成を抱いた男」と評されるが、私が彼から感じた印象は「平成に言い寄られても意地でも抱かなかった男」だ。
常に反抗期、時代に追いつかれないように走り、結果、最先端にいるという感じで、まったく親近感はなかった。SMAPの中で「一番カッコよくて一番いけ好かない」存在だったのが、キムタクだった。


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