「休みの日も働かなきゃいけないと、休日に単発の派遣仕事を入れました。完全な現金手渡しじゃないですけど、手数料を払えば、働いた分をすぐ振り込んでもらえました。日払いに近い感覚でしたね」
以前働いたことのある派遣会社では、コンサート、イベントの仕事が戻ってきていた。会場に椅子を並べ、お客さんを誘導すると、1日1万円から1万2000円にはなった。給料の減額を埋めるために、一家の大黒柱は必死だった。
正社員として勤務をしながら、休みに派遣仕事を入れても月に35万円ほどにしかならない。そんな生活が1年半ほど続いたころ、知り合いから、高原リゾートの貸別荘の掃除の仕事に誘われた。チェックアウト後の貸別荘を、ベッドメイクから水回りまで一軒丸ごと清掃する。
「2~3時間で終わる物件なら5000円ほど。広い物件で4~6時間かかると8000円程度です」
当初、知り合いから誘われたときは、もっと景気がいい話だった。
「『人手不足だから仕事はいくらでもある』『うまくいけば月60万円、最低でも月30万円は払える』と言われました」
その話に惹かれて、川口は正社員を辞めることを決意した。そして、高原リゾートに移住する。家も借りて、稼ぐ気は十分だった。
「でも、実際にもらえたのは月15万円ほどでした。自分で使えるお金はほとんどなく、年金や保険料、税金も払えなくなりそうだったので、その会社から離れました」
聞いていた話と違った。意見しても軽くあしらわれた。
「子どもの人生を引っ張らないようにしたい」
「収入が落ち込んだ時期には、家族に生活費も送ることができず、ひたすら妻に謝っていました。子どもの学費が足りない時は妻が工面してくれたようです。そんな苦労をかけるなんて、僕は離婚されてもおかしくないですよ」
妻と子と別居をして6年近くが経とうとしている。
「家族と離れたことはあまり考えないようにしているというか、もう感覚が麻痺しています。今は寂しいより、1日にいくら稼ぐかしか頭にないですね。妻は”仕方がない”と理解してくれています」
たとえ離れて暮らしていても生活費を送ること。これが川口なりの家族の支え方なのだ。今もほとんど休むことはない。ストレスは溜まるだろうが、川口は酒を飲まず、炭酸飲料を口にするぐらい。趣味を聞いてみた。


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