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フィリピン・ミンダナオ和平が自治政府選挙実施で歴史的な節目に…緒方貞子の「人間の安全保障」は道筋をつけられるか

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緒方貞子JICA理事長(当時)は2006年、MILFのキャンプに乗り込み、ムラド議長と会談した(写真:JICA)
  • 柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
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96年、フィリピン政府とMNLFは和平協定を締結しムスリム・ミンダナオ自治区(ARMM)を樹立したが、MILFは世俗化したMNLFと袂を分かち、紛争は続いた。2001年以降、マレーシアなどの仲介や日本を含む国際社会の支援の下で和平交渉が進み、14年に政府とMILFが包括和平合意に調印し、自治を拡大することになった。

日本政府は90年に灌漑事業でこの地域への援助を開始し、小泉純一郎政権時の02年に策定された「ミンダナオ支援パッケージ」で援助を本格化させた。

緒方貞子JICA理事長の決断が大きな転機に

JICAにとっての転機は、緒方貞子JICA理事長(当時)が06年、バンサモロの中心地コタバトに乗り込み、MILFのムラド・イブラヒム議長と会談したことだった。当時は停戦合意のみで和平協定は成立しておらず、治安も不安定な中でJICA職員を現地に長期派遣する決定を下した。

この間、道路や橋、学校、給水施設などの身近な施設の整備や貧困削減プロジェクトを継続した。自治政府職員の育成、技能訓練を通じた元戦闘員の社会復帰などを手助けし、和平プロセスと地域開発の双方を後押しする包括的な支援を展開した。

11年には日本政府の仲介で当時のアキノ大統領が成田空港近くでムラド議長と史上初のトップ極秘会談を行い、包括和平合意締結へとつなげた。その後も紆余曲折はあったものの19年バンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(BARMM)が発足した。

今回行われるBARMM初の議会選挙は、現在の暫定統治から住民の民意に基づく本格自治へ移行する和平プロセスの歴史的な節目と位置づけられている。

選挙の仕組みと現在の情勢を簡単にまとめると次のようになる。

有権者は約240万人。全80議席の半分40議席は比例代表制、32議席は小選挙区から、残る8議席は女性や若者、宗教指導者らセクター枠で選ばれる。
13政党が争うが、MILFが母体となったUBJP(統一バンサモロ正義党)と、そこから分派し26年3月に結成された新党BFP(バンサモロ連邦主義党)を中心に選挙戦は進んでいる。
UBJPの党首はMILFのムラド議長。暫定政府発足以来、首相を務めていたが、25年3月、マルコス政権により解任された。代わって暫定首相に任命されたのはMILFの軍事部門のトップだったアブドゥルラオフ・マカクワ氏で、26年8月15日にBFPの党首に選出された。ところがその直後にマカクワ氏らが車両で移動中に何者かに銃撃されたものの無事だった。かつて共に戦った身内同士が二手に分かれて争う選挙戦は骨肉の争いの様相を呈している。
UBJP(統一バンサモロ正義党)の選挙集会(画像:UBJP)
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