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フィリピン・ミンダナオ和平が自治政府選挙実施で歴史的な節目に…緒方貞子の「人間の安全保障」は道筋をつけられるか

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緒方貞子JICA理事長(当時)は2006年、MILFのキャンプに乗り込み、ムラド議長と会談した(写真:JICA)
  • 柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
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ミンダナオ和平の支援事業に30年前からかかわり、3度にわたって現地に駐在して中心的役割を果たしてきたJICA東南アジア・大洋州部(フィリピン)シニア・アドバイザー(ミンダナオ和平)の落合直之さん(62)に現地の状況や選挙の意義について聞いた。

落合さんは91年にJICAの前身である国際協力事業団に入り、94年にフィリピン事務所に派遣された。JICAがミンダナオ和平にかかわり始めた96年から現地をたびたび訪れて調整役を務め、10年から2年間はミンダナオ国際監視団(IMT)の本部コタバトに派遣され、軍人が中心の多国籍組織の一員として活動した。

15〜18年は、JICAバンサモロ包括的能力向上プロジェクトのチーフとして再びコタバトに滞在し、21年から2年間は暫定自治政府の首相アドバイザーも務めた。自称、現場を這いずり回る「地べた派」。計7年のコタバト駐在に加え、マニラ事務所に4年、本部でフィリピン課長や代理を7年務めたミンダナオ和平の生き字引だ。

ミンダナオ和平の生き字引であるJICAの落合直之氏(筆者撮影)

――今回の選挙の意義は。

暫定統治から住民の意思に基づく本格自治へ移行する和平プロセスの歴史的な節目という位置づけだ。無事に進めば、フィリピンの中央政府にはない制度、議院内閣制が始まり、「一国二制度」になる。

――選挙戦は盛り上がっているか。

域内各地で連日集会が開かれ、参加政党が車両で隊列を作って練り歩いている。街はポスターだらけで、中立的立場のJICAの事務所の外壁には貼られないよう注意してくれと現地職員に指示した。

――平穏に実施されるだろうか。

マカクワ暫定首相が銃撃されたように、暴力沙汰は投票が近づくにつれて激化する恐れは強い。マルコス大統領は26年7月の施政方針演説で、選挙実施を誓ったが、「平和裡にかつ、秩序だった形で」と述べた。「自由で公正な」といった枕詞ではなかったところに今回の選挙を取り巻く情勢があらわになったと感じる。

敗者が負けを認めるか、がカギ

――選挙の成否の行方は。

負けた側が負けをいかに認めるかるかどうかにかかっている。現職が居座ったり、当事者が暗殺されたりといった事態も考えられないではない。10月30日に正式な自治政府が発足する予定だが、予断を許さない。

――MILFやMNLFはそもそも何のために闘ってきたのか。

自らのことは自分たちで決めるという自決、先祖伝来の土地の権利確定、イスラム教徒としての正義の追求といった理念のためだ。独立をあきらめ自治に舵を切ったが、中央の権力からの解放、地域の旧来の支配勢力が仕切る封建社会からの解放を目指してきたといえる。

――JICAや日本政府がここまでかかわる意味は。

フィリピンは日本にとって大切な隣国だ。近年は安全保障上も関係の重要性は増している。ミンダナオ和平の成否は、国内の安定を左右する。これまでテロとの闘いや国内治安維持に重点を置いてきたフィリピン国軍が外的脅威に機動的に対応できるようになれば日比の安保協力にも資する。

紛争の解決に対話を重視する日本の外交が力を入れる「平和構築支援事業」の代表例としてミンダナオ和平支援は重要である。

――ミンダナオ和平において緒方貞子元理事長の果たした役割は。

決定的に大きかったと思う。ミンダナオの取り組みは緒方理事長がめざした「人間の安全保障」を具現化したものであり、レガシー。06年に緒方さんがコタバトを訪ねた時、当初予定になかったMILFのムラド議長と会いたいと言われた。「本当に平和を求めているのか、直接確かめたかった」と話されていた。会談の後、緒方さんは「彼らは信頼できる」と言って、現地に職員を派遣することを決断した。当時は停戦合意のみで和平合意が締結されておらず治安も安定していなかった。その中で人を現地に派遣し、支援を続ける決定はJICAとして初めてのことだった。

バンサモロにとっての「明治維新」だ

――30年間と比べて地域は変わったか。

随分発展した。雇用も増えたし、インフラも徐々に整ってきている。コタバトの中心部では大手の飲食チェーン店もあり、夜10時ぐらいまで若い人が集っている。治安も大幅に改善したからだ。30年前は夜に人通りはなかった。

――落合さんにとってミンダナオ和平とは。

ライフワーク。96年に初めてコトバトを訪れた時、厳重な警備に守られて移動した。郊外の農地で私と同じぐらいの年齢の男性がM16 (自動小銃)を肩にかけて畑仕事をしていた。農民兵士だった。このような人たちがこの時代にいるのかと驚いた。その風景が忘れられない。マニラとは違う世界があるのだと感じた。

私は子どものころから、幕末から明治維新にかけての歴史に関心を持っていたが、バンサモロの和平の推移をそれに重ねることがある。明治政府をつくった竹馬の友、西郷隆盛と大久保利通がその後、袂を分かち争う。そのような状況がいまバンサモロでも見受けられる。MILFとして政府と交渉し、自治を勝ち取った盟友が袂を分かち選挙で争っている。今後どうなるのか。この地域は封建社会から平等な社会へ向かう明治維新のような時代だと思う。見守っていきたい。

――選挙後も支援を続けるのか。

平和が定着するためには、日本も支援を継続することが重要だ。JICAとしては持続的な開発への道筋をつけ、日本との社会および経済交流が活性化することが肝心である。

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