そこまでの道のりを聞くと、アメリカでの暮らしはさぞ大変だろうと思ってしまうが、意外な答えが返ってきた。
「私には合ってると思います。不自由と感じたこともないです」
しかも、まゆこさんが住む地域には日本と縁のある人たちが集まる支援コミュニティがある。 1年に2回、日本食の配布もあるという。毎日食べる米も日本米だ。ふりかけも「売るほどある」と笑う。
時々、近くに住む友人夫婦が子育てを手伝ってくれる。最近では、庭付きの家に引っ越したことを知った日本人の友人が、ミョウガと三つ葉、ニラの苗を持って2時間かけて遊びに来てくれたこともある。
「元気に子育てしてる姿を見たい」
そんな友人の言葉も、まゆこさんの支えになっている。
「Blood doesn't make family(血のつながりが、家族を作るわけじゃない)という言葉があるんですけど、それやなって。血縁を超えて、家族のように接してくれる人たちが、縁でつながって周りに集まってくれている。ほんまに、ありがたいです」
鳥人間コンテストのように
まゆこさんは、自身の人生を「鳥人間コンテスト」に例える。
「だんだん下降してきて、『もう水につく、あかん』ってときに、人が風を起こしてくれて上昇する。自分の人生、そんな感じなんです」
上がっては下がり、下がってはまた上がる。
夫のもとを離れてからの数年間も、まゆこさんにとっては、その繰り返しだった。
友人が住まいを用意してくれた。見知らぬ人たちが、クラウドファンディングを通じて支援してくれた。知人が仕事を紹介してくれた。職場の人が住まいをつないでくれた。弁護士の力も借りながら、在留資格を整えた。
そして今、まゆこさんには、庭のある家と、2人の息子との生活がある。
それは、決して「自力だけ」でたどり着いた場所ではない。落ちそうになるたびに、誰かが風を起こしてくれた。
「今振り返れば、自分のことを大事にしていなかったな」
前編の取材で、まゆこさんはそう話していた。
今の彼女が取り戻したのは、単に住む場所や仕事だけではない。自分の生活を、自分で選べるという感覚だった。唯一の贅沢は、「NIKEやアディダスといった、動きやすいメーカーの服をセールで見つけること」。
大きな成功ではない。
けれど、自分で選び、自分のお金で買い、自分の好きなものを身につける。この小さな選択の積み重ねが、「2つ目の誕生日」のその後をつくっている。
(本記事は前編の続きです)


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