SNS時代、私たちは誰もが、いつか撮られた1枚の写真によって「今の自分」を判断されるリスクを抱えている。本人にとっては過去の一場面にすぎなくても、見る側にとってはそれが「その人のすべて」になりかねない。しかも、同じ場に居合わせた人物の中でも、置かれた立場・肩書によって受ける評価の重さは大きく異なる。
誰にでも起こりうる「切り取り」のリスク
これは政治家という公人だけの問題ではない。企業の管理職、学校の教師、SNSで発信する一般の人まで、「役職・肩書に見合った振る舞いをしているか」という無言の期待は、あらゆる立場の人に向けられている。期待が大きいほど、その期待からわずかにでも外れた瞬間の一場面は、切り取られたときに大きなギャップとして映る。
今回の騒動は、政治家という公人の話にとどまらず、見た目・映像が人の記憶と評価をどれほど強く、そして不均等に支配しているかを、私たちに突きつける出来事だったのではないだろうか。
【参考・引用文献】
※1:Ross, L. & A. Ward (1996) Naive realism in everyday life: Implications for social conflict and misunderstanding, in T. Brown, E. S. Reed & E. Turiel (eds.) Values and Knowledge, Lawrence Erlbaum Associates, 103-135.
※2:Jones, E. E. & V. A. Harris (1967) The attribution of attitudes, Journal of Experimental Social Psychology, 3(1), 1-24.
※3:Ross, L. (1977) The intuitive psychologist and his shortcomings: Distortions in the attribution process, Advances in Experimental Social Psychology, 10, 173-220.
※4:Wilson, A. E. & M. Ross (2001) From chump to champ: People's appraisals of their earlier and present selves, Journal of Personality and Social Psychology, 80(4), 572-584.


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