「嬉しかったですね。この4年間、子どもの幸せや子どもたちが安心できる土台の大切さについて、ずっと言い続けてきました。教育が変わっていく時期に教育委員として意見を言えたことは、本当にありがたい経験でした」
方針が決まっても、子どもにはすぐ届かない
一方で、教育行政の意思決定に関わったからこそ、その限界も感じた。
「県で方針を決めても、現場に届くまでには、県、市町村、校長先生、先生、そして子どもたちと、ものすごくレイヤーがあるんです。県が『やります』と決めたからといって、目の前の子どもたちの現実がすぐに変わるわけではありません」
実際、不登校の子どもたちの居場所として公立小 ・中学校の校内教育支援センター設置の方針が決まっても、予算がつくのは手を挙げた学校から。すべての学校で同じように実現するわけではない。
こうした経験から新藤氏が強く感じたのは、「教育施策は、方針を決めればすぐに成果が出る」というものではないということだった。そしてもう1つ、新藤氏が感じたのが、「成果」をどう捉えるかという難しさだった。
「例えば、何かのアクションプランを決めてそれを実施すると、何%の子どもがこうなったとか、どうしても目に見える成果を評価するじゃないですか。県の予算を使う以上、成果を示す必要はある。でも、子どもたちって、今すぐ成果が出ることばかりではないですよね。今は成果が出なくても、社会に出てから身になることだってある。評価のスパンが短すぎるのではないかと思うんです」
教育行政の「内側」に入った4年間。新藤氏が持ち込んだのは、制度や政策の専門家とは異なる、地域で子どもたちと接してきた一人の大人の視点だ。
「子どもにとって、これはどうなんだろう」
その問いを、教育行政の議論の中に置き続けた。岡本氏もまた、保護者や地域から届く声を持ち込み、「本当にこれでいいのか」と問い続けてきた。2人の言葉から見えてくるのは、教育委員会が「決めるだけ」の場所ではないことだ。
だからこそ、教育について考え、声を届ける人を増やしていくことが大切なのだろう。そして、その声が議論され、方針になり、現場に届き、子どもたちの学びや学校での過ごし方に変化が表れるまでには時間がかかる。その時間も含め、教育行政を見ていく。
「決まったことをただ受け取る」のではなく、声を届け、決まったことが現場でどう動いているのかを見ていく。教育行政の「中」に入らなくても、私たちにできることはある。教育行政を「遠いもの」にしないために、どんな声を、どこから届けられるのか。私たちは、教育行政にどこから関わることができるのだろうか。


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