同会の世話人の1人である奥野総一郎前衆院議員は、「以前の民主党のような勢力を作るべきだ」と主張する。極端な右派や左派ではない、寛容な中道保守の集団という意味だ。
そうした勢力に公明党は当てはまらないわけではないが、2月の衆院選で多くの小選挙区で敗退したのは、公明系が支援に入ったために旧来の支援者が離れたと解されている。ある中道改革連合の落選者は、「公明系から2万票入ったが、立憲系から3万票が離れた」と打ち明ける。
そもそも、衆院選の直前に慌ただしく結党したのもまずかった。「大きな受け皿を作る」はずが、結果的にその役目を果たし切れなかったからだ。
立憲民主党で代表を務めたこともある泉健太衆院議員も動画番組で、「おいしいお茶とおいしい炭酸水をまぜてできた飲み物を、おいしいですよと言うわけにはいかない」と説明した。
変わりゆく公明党の実情
中道に所属する衆院議員49人のうち、公明系は28人、立憲系は21人と、比例上位をほぼ独占した公明系の数のほうが多い。これを「中道改革連合の結成で、公明系が得をした」ともみることができるが、実はそうでもないようだ。
今年2月の衆院選で公明系は、小選挙区から完全撤退を決めた。かつて「常勝関西」と呼ばれた大阪では2024年の衆院選で全滅していたが、それでも生き残った東京29区、兵庫2区や8区では当選の可能性を残していた。
にもかかわらず、あえて小選挙区を立憲系に譲ったのは、まさに「身を捨てる思い」だったに違いない。東京ブロックで当選した岡本三成政調会長が「中道を最後の党にする」と宣言したのも、党の要職を務めているからだけではないはずだ。
「実はうちにはかねて衆議院撤退論もあった。むしろ本音では、支持者に身近な地方選に注力したい」。公明系の中道の関係者はこう打ち明ける。
公明党は、選挙活動の中心を担ってきた支持者の高齢化に加え、コロナ禍で個別訪問を主とした選挙運動の変容を迫られた。かつては900万票近く獲得していた比例票も、24年の衆院選では596万4415票、25年の参院選では521万0569票まで落ち込んだ。


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