――そこから、どう実践を変えたのですか。
転機は、長期派遣研修のときに参加した、さまざまなワークショップでの学習者経験です。興味のなかったテーマでも、ファシリテーターの働きかけで対話が生まれると、いつの間にか夢中になっていました。「学習者が主体になる学びとは、こんなにワクワクするものなんだ」と実感しました。参加型学習をどう学校教育で展開するかといったことを考えるきっかけになったと思います。
学校に戻ってからは、ライティング・リーディングワークショップ、自由進度の学びの実践、学級づくりへの子どもの参画など、学習者中心の実践に変わっていき、その後、東京学芸大学教職大学院で准教授として教師教育に取り組みました。そうした経験が、「子どもが学校を一緒につくる存在になる」という風越学園の構想につながっていきました。
「幸せな子ども時代を過ごせる公立校」を増やす
――風越学園でゼロからの学校づくりに取り組まれていましたが、なぜ真鶴町の教育長に就任されたのでしょうか。
私の仕事の根っこには、「幸せな子ども時代を過ごせる公立の学校が増えることに貢献したい」という思いが強くあります。多くの子どもが通う公立学校を、そうした場所にしたい。風越学園でも、公立学校が変わるためのヒントがたくさん見つかるのではという思いで、私立だからこそできる挑戦をたくさんしてきました。いつかは公教育に戻り、現実の課題と向き合いながら、もう一度自分で手を動かしたいと思っていたのです。


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