同じように、ねば塾の従業員のなかには、新型コロナをきっかけに働けなくなったり、別人のようになってしまった人が多いという。感染そのものの後遺症だけでなく、感染に敏感になった周囲の変化や、今まで通りの場所にいけなくなったストレスが、大きく影響してしまったのだ。
「白雪の詩」が化粧石けんとして販売しても問題ない品質にもかかわらず、「台所石けん」として販売されているのにも理由がある。
「化粧石けん」をうたうためには、薬機法に定められた基準をクリアする場所で製造する必要がある。ねば塾にも、化粧石けんをつくるための工房はあるものの、昔から製造に関わる従業員たちは、働く場所やプロセスが少し変化するだけで仕事ができなくなったり、本来の力を十分発揮できなくなってしまう。
そのため、製造場所を変えられないという。ねば塾にとって、品質の良い石けんをつくるのと同じくらい、働く人の社会参加と経済的自立が大切なのだ。
一方、年齢や環境の変化で、できていたことができなくなる人もいる。
「ずっと『白雪の詩』のラベル貼りをしていた久美ちゃんが、ラベルをまっすぐ貼れなくなってきちゃって。ラベルが斜めになったものを『久美ちゃんライン』として割引して売ったりもしました」
ここには、あくまでも人に合わせて商品をつくる姿勢があった。
「あれもよし、これもよし、すべてよし」
創業者で道智さんの父である笠原愼一さんは、10年間寝ていただけの男性従業員にも「まあいいじゃないか」と、他と同じ給料を払い続けたというから驚きだ。
愼一さんがねば塾を立ち上げたのは、「社会に出て働きたい」という障害者の強い思いがきっかけだった。とはいえ、2016年に愼一さんが亡くなり、代替わりしてからは、実態に見合った分だけの給料を払う形に変えたという。
「ねば塾」の名称には、「塾生」と呼ばれる従業員たちが、根を張って生活する場所でありたい、という思いが込められている。障害者と健常者が同じ村人として生活する滋賀県の「茗荷村(みょうがむら)」に影響をうけた愼一さんが、その名前にちなみ、「村は無理でも、学習塾ぐらいの規模なら理想郷をつくれるぞ」と「塾」と付け、同じ敷地内には従業員の半数が暮らすグループホームもつくった。


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