還暦を迎えた本木が、年齢を重ねるなかで大切にしてきたのが、一人で過ごす時間だ。
「自分は基本的に、そこまで人恋しいタイプではないんです」
15歳で芸能界に入り、多くの人と仕事をしてきた本木は、こう続ける。
「これまでの人生、その大半が人に囲まれてきた時間だったので、むしろ一人になって孤独を噛みしめることが、自分にとっては大事な要素。もっと言えば、孤独と向き合い、引き受けるというのは人類に与えられた才能だと思っています」
その孤独へのまなざしは、映画を通して出会った、ある人物の生き方にも向けられていった。
“自分が選ばなかった人生”への憧れ
映画『八月の声を運ぶ男』で、本木が演じるのは、被爆者の声を記録するため、各地を歩き続けるジャーナリスト・辻原保だ。
舞台は1972年。日本中が高度経済成長の豊かさへ向かう一方で、辻原は、まだ社会のなかで十分に語られていなかった被爆の記憶に耳を澄ませる。なかなか体験を語ってもらえないなか、被爆者の九野和平(阿部サダヲ)と出会い、その「声」に強く心を揺さぶられていく。
辻原のモデルとなった伊藤明彦は、1971年から1979年までの8年間をかけ、1000人を超える被爆者の声を記録した。半数近くの人に取材を断られながらも、各地を歩き、声を集め続けた。
社会が未来へ目を向けるなか、一人、過去へ引き返していくような仕事だった。
本木は作品への参加を通じて伊藤の存在を知り、原案となった伊藤の著書『未来からの遺言―ある被爆者体験の伝記』を読んだ。さらに、伊藤が編集に関わった8時間40分に及ぶ音源『ヒロシマ ナガサキ 私たちは忘れない』も、数日かけて聴いたという。
「やはり、肉声の力を感じます。決して饒舌に語っているわけではないのに、ありありとその場面が目に浮かび上がってくる。
淡々と語る声もあれば、まるでその場に戻ったかのように興奮したトーンで話す声もある。分厚い壁の向こう側にいるかのように、こもったり、ひそひそと響くような声もある。本当に、表現の種類が豊かで、かつ迫ってくるんです」


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