大森監督は、寮の導入は新入生からとし、4年後に全学年が揃う形を構想した。
その構想を相談したのが、前出の知人を介して紹介された公社の賃貸事業部の水上弘二さんだった。水上さんは公社団地に広く関わり、住民と対話を重ねながら団地の再生や課題の解決に携わってきた。
監督が探していた立地は、中山グラウンドと横浜キャンパスの間。まとまった住戸を確保できる場所であり、監督の構想を実現するためには成熟した地域コミュニティが不可欠と考えた水上さんが、受け皿の候補として想起したのが竹山団地だった。
当時、上層階の空き住戸やセンター地区の空き店舗が目立ち始めていた。水上さんは住民とも旧知の仲で、「竹山団地なら実現できるのではないか」と感じていた。
「学生が入居するだけではなく、地域に溶け込むという奥行きのある構想だと思いました。地域活動や住民さんとの接続など、どのように関係性をデザインし、“住んで終わりではない何か”をどう実現するか。センター地区に空き店舗を抱えていたので、大学が竹山団地に中長期的に関わってくださるなら、そうした場所の活用も考えていきたいと思いました」(水上さん)
大学と法人契約した団地の“学生寮”
検討の末、寮として使用する住戸は神奈川大学が法人契約で借り上げる形となった。
「4年目には60人規模の学生が暮らすことになります。20歳前後の学生が団地に住んだら、どんな光景が生まれるのか、すごく楽しみでした。監督には学内を整理していただき、公社は地元の自治会との調整を進めました」(水上さん)
こうして2020年3月、公社は神奈川大学と地域活性化と学生の育成を目的とした連携・協力協定を締結。コロナ禍と重なるスタートとなったが、5月に1年生12名が入居した。
団地での生活ルールは学生たち自身が考えたという。
「竹山団地でサッカー選手として成長すること、住民の皆さんと共生すること。この2つを大切にしていこうと伝えていました。早朝は住棟の近くでバイクのエンジンをかけない、夜8時以降は洗濯機を回さないとか、そういったルールが1期生たちによって生まれました」(大森監督)


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