だからこそ、病によってその「生き方」が突然閉ざされたとき、わたしは自分の「生きる理由」をどこに置けばいいのかわからなくなってしまいました。
まぎれもなくわたしの生きがいで、わたしらしさそのものだったのです。
最後のキッチン
2023年8月。すでに車椅子生活ではありましたが、なんとかお店には出るようにしていました。
その日はいつも通り、ケーキを焼いていました。
ところが、オーブンから天板を取り出そうとした瞬間、腕に力が入らず震えてしまい、どうしても持ち上げられない。横に移動しようとしても、少しの段差が越えられない。
「ああ、これがお店のシェフとしての最後の日なのね」と、静かに理解しました。
常連のお子さんのためのケーキを作りながら、涙がとめどなくこぼれました。
わたしたち夫婦で作り、大切に育ててきた喫茶店。訪れる人たちの笑顔。
「ありがとう」と「悔しい」という思いが混ざって、胸がいっぱいになり、その夜は眠れませんでした。
お店での料理が難しくなっても「家族のごはんだけは」と思い、ギリギリまで台所に立ち続けようと思っていました。
体力的に可能そうなレシピを選び、キッチンに手すりを取り付け、家族に助けてもらいながら鍋を火にかける毎日。
しかし、その日はあっけなくやってきたのです。
包丁を握る、鍋を持ち上げる、そのすべてが難しくなり、ついに料理を諦めざるを得なくなってしまったのでした。
2023年11月、訪問ヘルパーさんに料理をお願いすることを決めました。ほかに選択肢はありませんでした。
ですが、問題は、わが家が自然派仕様であること。
電子レンジなし、炊飯器もなし。蒸すには木の蒸篭(せいろ)、ご飯は土鍋。申し訳なくなるほど、独特な台所です。
そして、もちろん作っていただけるのはありがたいけれど、味の組み立て方、素材の扱い方、火の入れ方、何もかも、わたしが積み重ねてきた「わたしの味」とは違う。
当然と言えば当然です。
きちんと美味しいものを作ってくださるのですが、どうしても味覚が受け入れてくれないのです。
「やっぱりわたしの料理が食べたい。家族にも食べさせたい」
その思いがふつふつと湧き上がり、ひとつの結論にたどり着きました。
「わたしがレシピを書けばいいんだ」


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