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「これがシェフとしての最後の日」ー病気でキッチンに立てなくなった料理家が流した涙、それでも料理は自己表現そのもの

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(写真:『難病ALSのママが綴るいのちのレシピ もしもキッチンに立てたなら』より、撮影:繁延あづさ)
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病気がわかってしまって、ずっと泣いていたある日のこと。

「なんで、わたしはこんなに泣いてばかりいるんだろう」と考えました。そして、「できなくなったことの中で、一番つらいのは何だろう?」そう自分に問いかけてみたのです。

歩けなくって自由が失われたことか、子どもの髪を乾かしてあげられなくなったことか。時間をかけるまでもなく、答えはすぐに浮かびました。

「キッチンに立てなくなったことだ」

完治は難しいとわかってはいるけれど、わたしは希望を捨てない(写真:『難病ALSのママが綴るいのちのレシピ もしもキッチンに立てたなら』より、撮影:繁延あづさ)

料理はわたしの自己表現そのもの

もう一度、キッチンに立ちたい。この手で子どもたちのお弁当を作りたい。お客様の笑顔が見たい。そんな当たり前だった時間が、どれほど奇跡的で、どれほど貴重だったのか。改めて「わたしの日常」の尊さを思い知ったのです。

このシンプルな思いは、どれだけ諦めようとしても、心の奥でゆっくりと燃え続けているのだと気づきました。歩けなくても、話せなくても、この手で料理さえできれば、きっと受け止め方は違っていたと思うのです。

料理はわたしの自己表現そのものでした。

高校時代に重ねた油絵の色、専門学校で学んだグラフィックデザイン、通信制大学で学んだ陶芸の土の手ざわり、海外で美味しいものを求めて歩いた時間──。

これまで経験してきたすべてのことが、料理へとつながっているのです。

お店の前でスタッフたちと(写真:『難病ALSのママが綴るいのちのレシピ もしもキッチンに立てたなら』より、撮影:繁延あづさ)
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