病気がわかってしまって、ずっと泣いていたある日のこと。
「なんで、わたしはこんなに泣いてばかりいるんだろう」と考えました。そして、「できなくなったことの中で、一番つらいのは何だろう?」そう自分に問いかけてみたのです。
歩けなくって自由が失われたことか、子どもの髪を乾かしてあげられなくなったことか。時間をかけるまでもなく、答えはすぐに浮かびました。
「キッチンに立てなくなったことだ」
料理はわたしの自己表現そのもの
もう一度、キッチンに立ちたい。この手で子どもたちのお弁当を作りたい。お客様の笑顔が見たい。そんな当たり前だった時間が、どれほど奇跡的で、どれほど貴重だったのか。改めて「わたしの日常」の尊さを思い知ったのです。
このシンプルな思いは、どれだけ諦めようとしても、心の奥でゆっくりと燃え続けているのだと気づきました。歩けなくても、話せなくても、この手で料理さえできれば、きっと受け止め方は違っていたと思うのです。
料理はわたしの自己表現そのものでした。
高校時代に重ねた油絵の色、専門学校で学んだグラフィックデザイン、通信制大学で学んだ陶芸の土の手ざわり、海外で美味しいものを求めて歩いた時間──。
これまで経験してきたすべてのことが、料理へとつながっているのです。


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