競争率もまたすさまじい。
一例として、太平洋のサケは卵を約6000個産むが、そのうち成魚期まで生存するのは2匹にすぎない(Trivers, 1985)。約3000対1の競争率なのだ!
でも、これは予選にすぎない。
「異性を獲得すること」こそが勝利
次の決戦での関門はペアリング(異性とカップルになること)の成功である。
これは生存競争最後の月桂冠だ。
特にオスの場合、誰もがペアリングのチャンスに恵まれるわけではないため、熾烈(しれつ)な競争が続く。
人間と遺伝的にもっとも近いチンパンジーは、数十頭ずつ群れをなして暮らす。「アルファオス」というボスと彼の率いる何頭かの参謀たちの独裁のもとに。
ところが遺伝子分析をしてみると、村全体のチンパンジーの子どものうち約86パーセントが政権を握ったこの数頭のチンパンジーたちの子どもなのだという(Constable, Ashley, Goodall, & Pusey, 2001)。
少数のオスが村のメスを独占する構造というわけだ。
権力の辺境にいるオスたちは、ボスに挑んで死んだり、追放されたり、一部はペアリングを完全にあきらめて村を去り、わびしい老後を送る。
結局のところ、オスのチンパンジーの大部分は一生ペアリングのチャンスを持てない。自然は公平ではないのだ。
私たち人間の姿もこれに似ていた。
ほぼすべてのメスはペアリングの機会があるものの(オスたちの旺盛な意欲のおかげで)、オスの場合、選ばれた一部だけが後世に遺伝子を残せた。そのせいで、私たちの先祖の男女比率は50対50ではない。なぜだろうか?


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