もちろん、リンゴが落ちた瞬間に突然ひらめいたわけではありません。それまで長い時間をかけて、「なぜ物は地面に落ちるのだろう」「なぜ月は空から落ちてこないのだろう」という問いを持ち続けていたからこそ、目の前の出来事が発見につながったのです。
リンゴが落ちるところなら、誰でも見ています。しかし、それが発見になった人と、ただの風景で終わった人がいました。その違いは、頭の中に問いがあったかどうかです。
考えることが苦手だと思っている人の多くは、「考える」という言葉を難しいものと意識しすぎているのではないかと、私は思うのです。考えるとは、何時間も机に向かうことではありません。頭をフル回転させ続けることでもなく、もっと自然なものです。
問いを持ち続けることや、気になることを手放さないこと、それだけで十分なのです。
人の心は、数字だけでは見えてこない
人の感情の流れを見ることが大切だということは、先ほどお話ししましたが、その感情を知るために大切なのは、好きなものに触れること、熱狂している人を見ることです。
人の心は、数字だけでは見えてきません。自分自身が感動したこと。夢中になったこと。「なぜだろう」と心が動いた経験。そうしたものが、人の感情を理解する材料になります。
では、その材料をどう発見につなげていけばいいのでしょうか。私は、そのためにも問いを持ち続けること、気にし続けることが大切だと思っています。
なぜ私はこれに心を動かされたのだろう、なぜ人はこれに夢中になるのだろう、なぜ今、これが流行っているのだろう。そんな問いを頭の奥に置いておくと日常の見え方が変わります。
だまされたと思って1度やってみてください。きっと「アイデアが突然降ってきた」という感覚を味わえるようになるでしょう。
私が言う「24時間働く頭」とは、24時間仕事をすることではありません。24時間、問いを持ち続けることです。考え続けるではなく、気にし続ける。その小さな仕組みが、ある日突然の発見やひらめきにつながるのです。


