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キャリア・教育 #戦国最強の兄弟の軌跡

いよいよ《清須会議》が始まった!信長の後継はいったい誰なのか…秀吉がとった"なかなか強か"な戦略

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豊臣秀吉(写真:akg-images/アフロ)
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秀吉は長秀に「信長公の仇を討ったのは秀吉だ。勝家ではない。弔い合戦もしていない油断した勝家が織田家の当主の件で偉そうに口を挟むのはおかしい」ということを言わせたのではないかとの説もあります。しかしそこに秀吉がいては勝家の面子は丸潰れ。よって席を外したのではないかと言うのです。

三法師の名代をめぐる対立も

もちろん、『川角太閤記』は二次史料であり、話の内容をどこまで信用するかという問題はありますが、秀吉の用意周到さを考えれば、実際にあったのではと思わせるような内容ではあります。

また、『川角太閤記』は誰を信長の後継者にするかが大きな争点になったとしているのですが、実際はそうではなかったとの見解も出されています。

信長は生前に嫡男・信忠に織田家の当主を継がせていた、よって信忠の子・三法師が「織田家の正統な家督相続者」になるというのは織田政権では既定路線であり、争点ではなかったというのです。それよりは幼少の三法師が成人するまでの「名代」を信雄とするか信孝とするかが大きな争点だったということです。

信雄と信孝は三法師の名代の座を巡り対立し、譲歩しようとはしなかったので、名代は置かれませんでした。三法師を当主として、それを織田家宿老(柴田勝家・丹羽長秀・羽柴秀吉・池田恒興)の合議によって支える「集団指導体制」が清須会議の結果、採られることになったのです。

(主要参考文献一覧)
・本郷和人監修『図解 豊臣秀長』(興陽館、2025年)
・黒田基樹『羽柴秀長の生涯』(平凡社、2025年)
・柴裕之『秀吉と秀長「豊臣兄弟」の天下一統』(NHK出版、2025年)
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)

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