ドラマの中でりんが、精力的に、時には自分を追い込むようにして仕事にのめり込んでいく姿は、こうした史実の大関和の姿を反映したものだろう。
大関和もまた、看護という仕事に身も心もすべてを注ぎ込んだ女性だった。
なぜ、和はそこまで看護の仕事に打ち込めたのか。その背景には、彼女がクリスチャンであったことが深く関わっている。
まだ「看護婦」という言葉さえ知らず、夫の家から飛び出した頃のことだ。和は慈善バザーに参加するために、鹿鳴館へ赴く。西洋文化の煌びやかさに圧倒されながら、和はこのときにキリスト教の教えに触れる。
和が驚いたのは、キリスト教では「一夫一婦制」が教えられているということ。夫に妾がいることに悩み、家を出てきた和にとっては「私の感情は間違っていなかった」と救いになったことだろう。
この日を境に和は教会に通い、聖書を読みふける日々を送ることとなる。
そして、桜井女学校というキリスト教系女学校の中に設けられた桜井女学校附属看護婦養成所に入学。看護婦になるべくトレーニングを受ける中で、キリスト教の教えにますます共鳴したようだ。
病の人に寄り添い、身の回りの世話をする――。そんな看護の仕事は、キリスト教的な隣人愛の実践そのもの。信仰と職業が、和の中で完全に一致したといえよう。
大関和が孤立してしまったワケ
だが、養成所の修了後に、看護婦として働くことになった帝国大学医科大学第一医院では、桜井女学校の卒業生以外に、キリスト教徒はいなかったという。当時のことを和はこんなふうに振り返っている。
「帝大病院には一人のキリスト教徒もいなかったので、桜井の生徒たちは2週間毎に日の出の時間に集まり、医師や患者、無知な看病婦のために祈った」
和にとって看護は神への奉仕だった。その熱心さが、外科のトップをして「友人」と言わしめるほどの信頼を生み出したのだろう。
しかし、和の仕事熱心さは誰もが認めながらも、彼女の信仰活動には辟易としたムードもあったらしい。医局員からは、こんな声も上がっていたという。
「大関は仕事の上では立派だが、あの伝道には弱らされる」

