厳密に言えば、小学校で検討されているのは独立した新教科ではなく、総合的な学習の時間への新領域の付加である。中学校も、現在の技術分野を土台にした再編であり、完全なゼロからの出発ではない。
それでも全国共通の枠組みをつくる以上、目標と内容、学年ごとの系統、年間指導計画、教材、指導方法、評価規準を整える必要がある。学校では新しい授業準備と評価が生じ、教育委員会には研修と支援体制が要る。端末やネットワーク、著作権、個人情報、情報モラル、生成AIへの対応も続く。
教科を1つ増やすと「仕事の種類」が増える、制度化の重さ
私は小学校の現場で、制度化の重さを道徳で経験した。小学校では18年度から「特別の教科 道徳」が全面実施され、検定教科書と記述式の評価が導入された。
道徳を確実に扱う意義はある。一方で、子どもの内面をどう見取り、どのような言葉で評価するのかという難しさと、記録や文章作成という新しい仕事も生まれた。
教科として位置づけることは、授業時間を確保するだけではない。何を教え、どう評価し、どう記録するかという一式の仕組みをつくることなのである。
時間割も単純な足し算ではない。年間時数が35の倍数でなければ、週や期間によって授業の配分を変える必要がある。教科担任制、専科教員の勤務日、特別教室の利用などの条件も重なる。新しい枠を1つ加えることは、教務主任が時間割全体を組み直すことを意味する。
同じ国語が週5時間から6時間になるのと、国語を1時間減らして新しい領域を1時間入れるのとでは負担が異なる。後者では、授業時間の総量が変わらなくても、準備すべき仕事の種類が増えるからだ。

