学調は、自治体同士の競争や、学校の序列化、過度なテスト対策などさまざまな課題も指摘されてきました。もちろん、これらは望ましい姿ではありません。しかし、だからといってテストそのものを否定するのは違うと私は考えます。
本来、テストとは「自分がどこまでできているか」を知り、「次に何を学べばよいか」を考えるためのものです。順位を競うためでも、100点だけを目指すためでもありません。子どもが自分自身の成長を確かめるための道具なのです。
AI時代となる今後、テストの形は変わっていき、評価の方法も変わっていくでしょう。しかし、子どもが自分の力を知り、状況を判断し、自分で考えて行動することの価値は変わりません。
問題はテストではなく「テストの使い方」
むしろ点数という結果ばかりではなく、解く過程が評価されることにより、日頃の課題提出の形も変わってくると考えます。AIが作業を代替してくれるようなものが課題として出されなくなることで、学習のあり方自体も変わってくることでしょう。これは、AI時代に生きる子どもたちにとってよいことであると思います。
AIがどれだけ進化しても、「何を自分で行い、何をAIに任せるのか」を決めるのは人間です。だからこそ私は、学調のような、限られた時間の中で考え、選び、判断する経験には、これからの時代だからこそ大きな意味があると考えています。
AI時代に不要になるのは、テストではありません。本当に見直すべきなのは、「テストの意味」と「テストの使い方」なのではないでしょうか。



