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高齢期にさしかかった「中国残留日本人孤児」たち…板橋区のデイサービス施設で目撃した"意外な現在"

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中国残留孤児
高齢期を迎えている中国残留孤児やその家族が抱える不安や悩みとは?(写真:Saurabh797/PIXTA)

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「残留孤児」という言葉は、いまや歴史用語として語られるようになっている。「中国残留日本人孤児」とは、第2次世界大戦終結時の混乱の中で中国東北部(旧満州)などに取り残され、中国人の養父母に育てられた日本人の子どもたちを指す。

1945年8月、ソ連軍の対日参戦によって満州国は崩壊し、多くの日本人開拓団や民間人が避難を余儀なくされた。その過程で、戦乱や飢餓、病気によって家族と離れ離れになる子どもが相次いだ。彼らの中には、中国人家庭に引き取られ、中国名を名乗り、中国語を母語として成長した人もいる。

72年の日中国交正常化以降、日本政府や民間団体による身元調査や肉親探しが本格化した。80年代には、多くの残留孤児が肉親との再会を果たし、日本への永住帰国も進んだ。厚生労働省によると、中国から日本に永住帰国した中国残留邦人6731人のうち、孤児は2557人にのぼる。家族を含めた帰国者の総数は2万918人に達するという(いずれも2026年5月末時点)。

しかし、長く中国社会で暮らしてきた残留孤児にとって、日本での生活は決して容易ではなかったようだ。日本語の壁や就職の難しさ、文化的な違和感に直面し、「祖国に戻ったはずなのに、どこか外国人のようだった」と語る人も少なくない。このため、帰国後の生活支援を求める訴訟が起こされ、07年には国が支援策の拡充を決めた。

いま、残留孤児の多くは高齢期を迎えている。その歩みは、戦争が個々の人生に刻んだ深い傷跡を伝える証言として、いっそう重みを増している。同時に、中国人養父母による献身的な養育は、戦争や国境を超えた人間的な助け合いの象徴として語り継がれている。

【写真を見る】高齢期にさしかかった「中国残留日本人孤児」たち…板橋区のデイサービス施設で目撃した"意外な現在"(2枚)

高齢化が進む…中国残留日本人孤児の現在

5月末、筆者は東京都板橋区にあるデイサービス施設「一笑苑」を訪ねた。施設に足を踏み入れると、まず耳に飛び込んできたのは活気あふれる中国語の会話だった。館内には中国語が行き交い、一瞬、日本にいることを忘れてしまうほどである。

施設ではスタッフが利用者に野菜や果物を販売していた。福祉施設としては少し珍しい光景だが、施設責任者の三上貴世氏によれば、高齢者の買い物の負担を軽減し、日常生活をより便利にするための取り組みだという。

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