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ライフ #百貨店消滅タウン

「全国初の再開発だ」→「40年で松坂屋も西武もセルビも消える」…"愛知屈指の商都"から百貨店が全滅した切ない顛末

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1976年に開業した岡崎シビコ。開業時は158店の専門店があった(写真:筆者撮影)
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康生通西では、もう一つの流れも育っていた。現在のイオンへとつながる、オカダヤの系譜である。

1948年、闇市から発展した寄合商店街「たつき百貨店(たつきビル名店街)」が設立される。その核テナントとして1965年に出店したのが、三重県を本拠とするオカダヤだった。

オカダヤは1969年に合併してジャスコとなり、のちのイオンへと発展する。岡崎市は、イオンが県外へ最初に進出した街でもあった。

1976年には、たつきビルを含む4棟を一体化した再開発ビル「シビコ」が開業する。核テナントはジャスコだ。地下に食品売り場、地上階に衣料品や家電売り場を配置し、百貨店に近い売り場構成で松坂屋と戦った。岡崎では、百貨店と総合スーパーが真正面から競い合っていた。

しかし競争は長く続かなかった。シビコの専門店は開業時の158店から1980年代前半には約130店へ減少し、施設は次第にジャスコ中心の色合いを強めていく。

その一方で、郊外ではユーマート鴨田町や羽根ショッピングセンターなどの大型店が相次いで開業。駅前だけでなく、郊外にも大型店が広がり始めていた。

1976年開業の岡崎シビコ。開業時は150を超える専門店が入居したが、現在は4〜6階が閉鎖されている(写真:筆者撮影)
シビコのフロアマップ。かつて専門店が埋め尽くしていた区画の多くが、いま空白になっている(写真:筆者撮影)

「岡崎の人は百貨店よりスーパーが好き」

これほど大型店が集まっていた街なら、さぞにぎわっていたのではないか。そこで当時を知る岡崎市民に話を聞くと、意外な答えが返ってきた。

「岡崎の人は、百貨店よりスーパーが好きなのよ」

そう話すのは、康生地区の近くで生まれ育った86歳の女性だ。

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