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「これを赤紙だと思って」、担ぎ出された吉田正輝元銀行局長は「銀行局の権威落とす」と猛抗議 銀行不倒神話の瓦解②

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吉田正輝元銀行局長(1985年撮影)
兵庫銀行社長の候補者として浮上した吉田正輝元銀行局長(1985年撮影)(写真:東洋経済写真部)

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1992年9月。第二地方銀行の兵庫銀行の資金繰りはますます厳しくなっていた。大蔵省銀行局長の寺村信行のところには、日々の資金繰りに関するリポートが連日届けられた。「おくびにも出せなかったが、資金繰りで倒れるのではないかと本当に心配した」と当局者の一人は証言する。

銀行局の内部資料によると、「万が一の資金ショート」に備え、大蔵省と日銀は、次のシナリオで対応することを申し合わせた。

一、資金不足が生じた場合、兵銀は日銀と上位株主3行である住友銀行、日本興業銀行、日本長期信用銀行に資金支援を要請する。

二、資金支援に当たって日銀と支援民間金融機関は、兵銀に対し、本体および関連ノンバンクの抜本的リストラ策と経営責任の明確化を求める。

三、資金不足が表面化した場合は、以上の2項目を公表する。

過去の金融政策・経済政策の検証に取り組む筆者が、当時の政策決定プロセスや当局者たちの人間模様に迫る。【月曜日更新】

これに対し、兵銀側は8月31日に経営改善策の原案を銀行局に提出したが、とても日銀や株主3行の了解を得られるような内容ではなかった。このため、銀行局は再考を求め、9月末までに「抜本的リストラ策」をまとめるようハッパをかける。日銀も数回にわたって計画の修正を指導した。

結局、綱渡りの資金調達を繰り返した末、兵銀は何とか9月末の危機を乗り切った。当時の資金繰り表によると、8月末にプラス1100億円あった過不足額は、9月29日に113億円に減少し、9月末時点ではわずか68億円にまで細っていた。

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