社長就任は2025年11月。その翌月の12月には大麦のブレンドをやめ、米の規格を元に戻した。創業の味に、立ち返ったのだ。決断から実行までは、たったひと月。原料の価格交渉や委託販売先への連絡、製造手順の見直しなど、やることは山ほどあった。現場は追い込まれた。それでも、広報の浅田さんは、「私は、すごくうれしかったんです」と当時のことを振り返る。
赤字が続く社内の空気は沈んでいた。賞与も出ない、昇給もない、会社はなくなるかもしれないという話もあった。そこに現れた新社長が真っ先に取り組んだのは、変えることではなく、変わっていたものを元に戻すことだった。
2026年2月、第16回九州駅弁グランプリで東筑軒の「折尾名物かしわめし」は、1400円以下の弁当部門で準グランプリに輝いた。3000人の投票による、過去最高の成績だった。このとき山内社長は、表彰式を工場で開いてほしいと申し出た。
「工場で頑張ってきた人に、感謝を伝える場にしたかったんです」
そこには、何十年も黙々とかしわめしを作り続けてきた人たちがいた。工場で働く人たちは、直接感謝の言葉をもらうこともない。お客様からの「ありがとう」が、何よりの励みになる。トロフィーは、主催のJR担当者から工場の責任者へと直接手渡された。
「涙ぐむ社員もいて、やってよかったなって」
立ち売りのある風景
「立ち売り、立ち食い、かしわめし」。東筑軒が変えないと決めた3つのうち最初に挙がるのが、立ち売りだ。2026年5月、ひとりだった立ち売りのスタッフが、2名体制になった。催事や土日のみなど、不定期に立ち売りを行うところは全国に5社ほどあるそうだ。
「全国でも常時、立ち売りをしているのは、おそらく東筑軒だけなんです」と山内社長。駅弁を買う人は、昔より減った。それでも「立ち売りをやめる気はない、むしろ増やしたい」と熱を込める。
「立ち売りは、折尾の風景なんです。目だけじゃなくて、耳で、『折尾に帰ってきた』と感じる。帰省した人はそう感じているはずなんです」
そう話す社長自身も大阪で働いていた頃、かしわめしを買って新幹線に乗っていたひとりだ。就任の翌月、12月から2カ月半、毎朝6時半に折尾駅のコンコースに立った。冬の寒さを感じながら、夏の暑さに思いを馳せた。

