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「この先の桜がきれいなんですよ」 501キロ・286駅・日本最大私鉄「近鉄」の社員が口にする言葉に見る"人間味と強さ"

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近鉄と桜
近鉄が「日本一の私鉄」と呼ばれるまでに至った歩みをたどります(写真:ケン/PIXTA)

INDEX

なぜ近鉄は、日本最大の私鉄へと成長できたのか。
路線の成り立ち、車両の進化、観光開発、多角経営――。近鉄の歴史を振り返ると、その歩みは決して順風満帆なものではありませんでした。約30社に及ぶ鉄道会社の統合や路線ごとに異なる軌間の問題など、幾度も課題に直面しながら、その時々の決断を積み重ね、日本を代表する巨大私鉄へと発展してきたのです。
駅員、車掌、運転士を経て広報として近鉄の最前線に立ち続けた元名物広報マン・福原稔浩氏が、現場と経営、そしてメディアのすべてを知る視点から、その舞台裏を解説する『近鉄学 -元名物広報マンが解き明かす、日本最大私鉄の強さの秘密-』より、近鉄躍進の歴史と戦略について抜粋(一部編集)して紹介します。

私鉄最大級ネットワークの完成

近鉄は最初から「私鉄最大級のネットワーク」を目指していたわけではありません。むしろ、気がつけば巨大な鉄道になっていた。それが、戦後の近鉄の実像に最も近い表現ではないかと、私は思います。

現在の近鉄の姿に至るまでには、数多くの合併と再編の歴史がありました。その象徴的な出来事が、1944年、戦時体制下の統合政策です。この年、関西急行鉄道は南海鉄道などと統合され、近畿日本鉄道が発足しました。

戦後、南海は再び分離独立しますが、この統合を契機として、現在の近畿日本鉄道の骨格が形づくられていきました。

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