うんうん、と私は大きく頷いた。一緒に暮らす人間が不機嫌なのも、不摂生で不健康なのもたまったもんじゃないことは私にもわかる。
「だから、ちょっとペースダウンしたら? って言ったのよ。できる限り穏やかに。そしたら半笑いで、『なにそれ嫉妬? 俺が忙しいから?』だって。全然伝わってないし、私の仕事と気持ちをいっぺんに矮小化しやがってあいつ……」
まぶしくて目がチカチカするほどの光量を放つ蛍光灯の下、ゴオンゴオンと大きな音を立てて回る洗濯乾燥機の前でグーにした両手を膝の上に置き、りえさんは静かに怒っていた。
「矮小化」はときに致命傷に
矮小化。最近よく耳にする言葉だ。本質とは異なる部分をクローズアップして、取るに足らない些細な問題にすり変えてしまうこと。人の気持ちに対してやると、致命傷になる行為。
私にも、それをやられた経験が何度もある。親に、教師に、友だちだった人に、そして恋人だった人たちに。悔しくて涙が出たし、長いこと忘れられずに思い出し怒りをすることもあった。
たとえば苦しみや悲しみや傷ついた気持ちを打ちあけたとき、「たいしたことじゃない、そんなに心配しなくてもいいよ」と言われたほうが、気が楽になることもある。だけど、その前に一度、こちらの不安を額面通りに受け取ってほしいときだってあるのだ。
かかわってくる気があるなら、そんな簡単な言葉で、私の気持ちをなかったことにしないでほしい。
フリーランス同士が「嫉妬」なんて言葉を使ったら、そりゃ大揉めになるのは火を見るよりも明らかなのに。言葉とは裏腹に、りえさんの夫にはかなり余裕がないように思えた。りえさんもそれは十分わかっている。
「でも親じゃないからさ、私」
まさに、それ。

