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世間や家族や道徳や習慣に縛られている私が「自分とは何か」という疑問にド真剣に向き合った末の「人間らしい結論」

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窓辺で思索する男性
誰しも一度は考えたことがある「疑問」(写真:Pangaea /PIXTA)
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このような区分は広く知られているけれど、このあとに登場した多くの哲学者と作家、芸術家、社会活動家が実存主義者として分類されて、自分なりの方法で活動を展開した。だから、現代の実存主義を定義するのは簡単ではない。

いすやブタはいったい何のために存在するんだろう

「実存」の意味を理解するには、存在を区分する方法を知る必要がある。世界に存在するすべてのものは、2つのあり方で存在する。1つは「本質」として存在して、もう1つは「実存」するのだ。

この基準によっていす、ブタ、人間の3つの存在者を分けてみよう。

人間は、いすやブタのように単一の「本質」を持っていない(図版:『全人類の教養大全2』)

まず、いすは本質として存在する。いすの本質は簡単に言うと「座るもの」であり、これは個別的ないすよりも重要だ。そうだよね?

もしも僕のいすの脚が完全に折れていて「座るもの」という本質をほとんど失っていたら、僕はそのいすを捨てるだろう。いすには本質がなによりも優先される。

同じようにブタも本質として存在する。ブタの本質は「食べるもの」である。もしも特定のブタが病気にかかって食べられなくなったら、そのブタは本質を失い、僕たちはブタを殺処分することになる。

最後に人間の存在も考えてみよう。人間の本質とは何だろう?

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