土浦側で長年期待されてきた延伸構想も、現時点ではつくば市にとって優先度の高い課題ではないようだ。
この温度差は、前編で見た歴史とも重なる。土浦は96年の総合計画から、「つくばとの一体的発展」を掲げ続けた。一方、つくば市の回答から見えてくるのは、土浦を敵視も特別視もしていない姿勢である。
実際、市境を越えたライドシェアの運行など、実務的な連携は進んでいる。ただ、それは「県南の中心・土浦」を前提にした関係ではない。土浦がかつて思い描いた「つくばを支える都市」という立ち位置は、もはや成立していない。
駅前商業の終わりは、土浦だけの問題ではなかった
両市を歩き、行政への取材も重ねて見えてきたのは、「勝った街」と「負けた街」という単純な構図ではなかった。
確かに、人口や地価ではつくばが土浦を上回った。しかし駅前を歩けば、つくばもまた別の課題に直面しているのがわかる。にぎわいは駅前から研究学園駅周辺の大型モールへ移り、市も「商業機能の流出や魅力低下」を課題として認識している。
現在は、官民共同出資による「つくばまちなかデザイン株式会社」を中心に、駅前のエリアマネジメントに取り組む。研究学園都市として成長したつくばも、駅前の求心力を維持する新たな局面に入っていた。
土浦もまた、別の形で駅前の役割を組み替えようとしている。
プレイアトレ土浦にはサイクリング客や観光客が集まり、URALAは市民ラウンジや市役所機能を持つ場所へ変わった。百貨店が集まっていた時代のように、買い物客が駅前を埋める光景はなくなったが、その空間に別のにぎわいが戻り始めている。
両市が向き合う課題は、一見すると対照的だ。ただ、共通していることもある。それは、「駅前が都市の中心だった時代」の終わりに、次の中心をどう作るかという問いだ。
いま両市は、異なる場所から、同じ課題に向き合っている。
・『地域開発ニュース』第188号、1985年1月(木村実・土浦商工会議所会頭インタビュー)
・『21世紀への礎 つくば万博と学園都市』相沢英之・福田信之・福島公夫ほか共著、パンセ、1985年
・『土浦市総合計画第5次基本構想後期基本計画』土浦市、1996年
・『住宅』2015年5月号、日本住宅協会
・鈴木文彦「路線価でひもとく街の歴史 第26回 茨城県土浦市」財務省『ファイナンス』2022年4月号
