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約15年前、コンピューター見本市「コンピュテックス」の開催に合わせて、台北市内のWホテルには大勢の記者が詰めかけた。お目当ては、マイクロソフトの提携先各社が大きな期待を寄せる新型端末の初披露だった。筆者もその場にいた1人だ。
当時、スマートフォン向けで主流だったアーム系半導体を搭載したウィンドウズ・タブレットは、電力効率に優れたモバイルコンピューターの未来を予感させる存在として注目を集めていた。クアルコム、テキサス・インスツルメンツ(TI)、エヌビディアは、自社の技術を示す試作機(リファレンスデザイン)を並べ、そんな未来像を具体的に示そうとしていた。
この話を知らない読者も多いだろう。それも無理はない。この取り組みはほどなくして頓挫したからだ。ウィンドウズ8は決してタッチ操作に適したインターフェースとは言えず、ソフトウエアの互換性の問題も端末の普及を妨げた。
エヌビディアは当時、得意とするグラフィックス性能や処理能力の高さを売りにし、その端末向けチップを「カル・エル・スーパーチップ」と名付けた。ちなみにカル・エルとは、スーパーマンの本名だ。
そして今、筆者は奇妙な既視感を覚えながら、再び「コンピュテックス」の会場にいる。エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、アーム版ウィンドウズ端末の普及に再び挑んでいる。しかも新しいチップの名称は「RTXスパーク・スーパーチップ」だ。
圧倒的な注目度と影響力
もっとも、今は状況が大きく違う。それはフアン氏の髪が白くなったことや、筆者の髪が薄くなったことだけではない。
2011年当時のフアン氏は、高性能なゲーム向けグラフィックスカードで知られる一方、PC市場を支配していたインテルに歯に衣着せぬ発言をすることでも知られていた。だが、今のフアン氏は違う。ファーストネームだけで通じる著名経営者であり、世界経済を塗り替えつつあるAI革命を支える時価総額5兆ドル企業のトップだ。トランプ米大統領が中国を訪れる際にも欠かせない存在となった。
現在のエヌビディアとフアン氏は、かつてのアップルとスティーブ・ジョブズ氏を思わせる存在だ。企業としても経営者としても、圧倒的な注目度と影響力を誇る。テクノロジー業界で成功を目指す企業であれば、エヌビディアとの良好な関係を築きたいと考えるだろう。
そうした状況を踏まえれば、フアン氏が基調講演で「すべてのPCメーカーがRTXスパーク搭載機の開発に参加する」と語ったのも不思議ではない。フアン氏はその将来性を惜しみなく称賛した。2日の質疑応答では「これほど多くのPC業界関係者が参加を表明し、『自分たちも加わりたい』と言った新チップはかつてなかった」と語った。
動作の滑らかさやバッテリー駆動時間でMacBookをうらやましく眺めてきたウィンドウズ端末ユーザーにとって、ようやく希望の光が見え始めている。エヌビディアは15年前とは比べものにならないほどの技術力と経営資源を備えるようになった。
エヌビディアの新型ノートPC向けチップについて、筆者が最も注目しているのはバッテリー駆動時間と省電力性能だ。性能もバッテリー駆動時間も従来のPCと大差ないのであれば、何も変わったことにはならない。フアン氏が語っているのは、そうした改良ではなくPCの革命なのだ。
AI時代のコンピューター
ただ、RTXスパーク搭載PCがすぐに大ヒットするとは考えにくい。たとえ優れた製品だったとしても、愛好家やクリエーター向けの高価格帯モデルになりそうだからだ。今回の発表には、エヌビディアブランドを消費者に浸透させるとともに、その象徴となる製品を投入する狙いがある。過去とは状況が大きく異なるだけに成功する可能性はあるが、変化は一朝一夕には訪れない。
フアン氏が今回強調したのは、単なるPC向け半導体ではなく、AIエージェント向けに最適化したハードウエアの開発だ。人間の指示を逐一受けずに動作するAIエージェントには、従来とは異なるコンピューター設計が必要になるという。フアン氏は、自社がそうしたAI時代のコンピューター開発を主導できるとみている。
クアルコムやアップルの実績を見れば、アームのアーキテクチャーがPCの電力効率向上につながることはすでに証明されている。あとは完成度をさらに高め、ソフトウエアとの整合性を改善するだけだ。その役割を担う企業として、エヌビディアは有力候補と言える。
エヌビディアが競争の激しい半導体業界で、インテルをはじめとする競合をしのぐ存在へと成長したのは、偶然ではない。フアン氏がPCに革命を起こすと宣言するのであれば、筆者はその言葉を信じてもいいと思っている。同氏は近年、それ以上に大胆なことを成し遂げてきたからだ。
著者:Vlad Savov
