スマホの画面を見る。通知にはこう表示されていた。
『【ShareBox管理者】ストレージ容量超過による同期エラー:データ削除まで残り24時間』
「ああ、やっぱりか!だから止まったのか」
佐藤は直感的に納得してしまった。これが最初の、そして致命的な「確証バイアス(思い込み)」だった。攻撃者は佐藤個人を狙ったわけではない。「金曜日の夕方なら、誰かしら容量を気にしているだろう」という確率論で投げたルアーに、佐藤が勝手に食い付いたのだ。
『容量の追加申請、またはパスワードの再認証を行ってください』という文面の下にある青いリンク。「削除」という単語が、佐藤の視界を狭める。せっかく作った資料が消える恐怖が、理性を完全にシャットダウンした。
彼は無意識に、スマホの画面上のリンクを親指でタップした。現れたのは、見慣れた会社のロゴが入ったログイン画面。疑う余地など、1ミリも残されていなかった。
彼は電車の乗り換えをするような無意識さで、親指を動かす。
ID:K-sato@example.co.jp/PASS:Sato1978!
「送信」ボタンをタップ。画面が一瞬白くなり、『認証が完了しました』という素っ気ない文字が表示されただけだった。
「なんだ、ただの誤作動か?」
その直後、パソコンの画面で止まっていたアップロードが(たまたまネットワークが復旧して)「完了」に変わった。
「よし、間に合った」
佐藤は深く安堵のため息をつき、スマホを机に置いた。自分がいま、会社の全システムへの「合鍵」を、見知らぬ犯罪者の掌に置いたことなど、知る由もなかった。
見えない隣人
佐藤が帰宅し、妻と娘と「やっと週末だ」と笑顔で焼肉を食べていた金曜日の夜。地球の裏側、東欧のとある集合住宅の一室では、攻撃者――コードネーム「K」――が、あくびを噛み殺していた。
部屋には娘の描いた絵が飾られ、生活感あふれる空間に3台のモニターが光っている。モニターの片隅で、事務的な通知音が鳴った。
『Hit!Row_14521(K-sato)-LoginSuccessful』
